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オウム真理教の思い出、のようなもの


先日、古書店で村上春樹氏の『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』を安価に購入しました。
発行当時購入して熱心に読んでいた本との再会です。
そこで、以下、オウム真理教の思い出のようなものについて少しお話したいと思います。

若い方は実感が無いでしょうが、90年代前半はオウム真理教がとても身近な存在でした。
バラエティ番組にはよく出ていましたし、秋葉原のパソコンショップなんて彼らは隠していたけれどオウムが経営してることはちょっとしたマニアならみんな知ってました。そのショップの店員さんは控えめな女性が多くて商品について質問してもほとんど答えられないので、マニア相手に丁々発止やってた他の店とは全然雰囲気が違っていました。「パソコンを購入したら勧誘の手紙がきた!」と、単なる噂話ではなく、当時私が直接ある人から聞きました。

また、いつだったか、新宿で飲んで終電を逃し、新宿中央公園で夜を明かしていたら、明け方どこからともなく現れた奇妙な色の服を着た集団が集会を始めました。
よく見たら集団の中にオウム真理教の文字が。「ああ、オウムか」と。
そんな時代でした。

流石に地下鉄サリン事件以降は忌み嫌われて(当たり前ですが)、ある日高円寺の商店街を通ったら道の両側にそれまで一本も無かった「オウムは出ていけ!」というノボリが何百本も一斉に立てられていて驚いたものです。
それでも上祐氏は本当に毎日テレビに出てオウムの無罪を主張していました。

自分は、正直に言って(隠しておくべき過去ですが)彼らが有名になりだしたころはオウム真理教に抗しがたい魅力を感じていました。
オウムを支持していた宗教学者中沢新一氏が描くチベット密教の世界に心酔していましたし、ライアル・ワトソンやフリッチョフ・カプラといったニューサイエンスにも夢中でした。セゾン文化花盛り、日本経済絶好調といった外的環境もあり、既存の価値観とは違う何かがこれれから起こるのではないかという期待感を持っていました。
そして、オウム真理教はこうした魅力的な世界を切り開き、灰色の現世を虹色にしてくれるパイオニアに見えました。

ちょうど、就職を目の前にして、こんなつまらない世界でこれから生きていかなくてはいけないのかとため息をついていた頃でした。大学を出たらこの灰色の人生が一生続くのかと。絶望的な気分でした。

そんな頃、彼らが「朝まで生テレビ!」に登場しました。リアルタイムで朝まで見ていました。
これはよく言われますが、当時の知識人もオウムに好意的な人が大勢いました。この「朝まで生テレビ!」でも、宗教学を専門とする研究者からオウム真理教の教義や活動が誉められ、もう一つ出演していた宗教は比較されて散々叩かれていました。
それを見て、素直に「オウムって凄いんだな」と思いました。

その当時では無いのですが、数年後、地下鉄サリン事件の後に、高橋英利氏という方が書いた『オウムからの帰還』という本を読みました。
大学在学中に人生に散々迷った末にオウムの信者となり、地下鉄サリン事件をきっかけに脱退し、オウム批判に転じた方の手記です。
この本を読んで、書かれている入信の事情が凄くよく理解できました。
高橋氏は大学院時代に麻原彰晃と出会いオウムに引き込まれていくのですが、その頃の人生への迷いと、オウムがその救いになるのではないかと思っていたところがそっくりなのですね。

だから、自分の大学に麻原が来なかったことは幸いでした。
出会っていたら本当にどうなっていたか分かりません。すべて投げ捨てて出家していた可能性がかなり高かったと思います。

ただ、そのごく短い期間を除けば、その後オウムに入った可能性は無かっただろうな、と思います。
というのは、超能力や予言やニューサイエンスを、やはりどこかで「ネタ」として消費する姿勢が自分にありました。これは筒井康隆などのSFを読んでいたおかげだと思います。

そしてそれ以上に、何よりも、彼らがとんでもなくダサかったこと。
これに尽きます。本当に。
あの象の被り物とか、彰晃マーチの踊りとか、こんなのやらされるのかと思ったら……さすがに無理でした(笑)絶対無理(笑)
自分が犯罪者集団の一員にならなかったのは、彼らのマイナスの美意識のおかげですね(笑)

ただ、このダサさ、幼児性に、みんな騙されていたと思います。
こんな変な奴らが凶悪犯罪なんてまさかやらないだろう、出来はしないだろう、と。
今だって、被り物やキグルミ着て変な動きして笑われている人が大量殺人をするなんて、普通は思わないでしょう。

そして彼ら自身も、本当に凶悪犯罪を犯しているんだという意識があってやっていたのか、私は疑っています。
彼らの内面では、現実の殺人がアニメの戦闘シーンや特撮の格闘シーンとシームレスにつながっていたのではないか、事の重大さが分かっていなかったのではないか、と。
なんだかそんな気がします。

そして、このオウムに限らないですけど、人生のほんの一時期の迷いがその後の人生を狂わせる、他人の、そして自分の命まで奪ってしまうことがあるんだということに今更ながら戦慄を覚えます。
令和になる前に一斉に刑が執行されましたが、他人事では無かったです。

実は地下鉄サリン事件当時、犠牲者が多数出た路線の真上の建物で働いていました。その線の電車にも仕事でときどき乗っていました。犯行時にその電車や駅を利用していた可能性も、僅かですがありました。
加害者にも、被害者にもなっていた可能性があった事件でした。

このような多くの人の命を奪い人生を狂わせた凶悪な事件が許しがたいのは当然のことです。不幸にも被害に遭われた方、そのご親族やご友人、関係者の方々には言葉もありません。
ですが、自分はこのような過去がありますので、どうしても被害者と加害者、両方の事を考えてしまいます。「許しがたい凶悪犯だ!」と単純に盛り上がることができません。被害者同様、加害者のことも、例えば「犯行時はどんな気持ちだったんだろう」などと、どうしても思ってしまいます。

今回購入した村上春樹氏の『アンダーグランド』は被害者へのインタビューが、『約束された場所で』はオウム信者・元信者へのインタビューが収められています。
せっかく購入して約20年ぶりに手元に置くことになりましたので、被害者、加害者、それぞれに自分の身を置きつつ、当時のことを思いながら、今後少しずつ再読していきたいと思います。

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