見出し画像

暗記、記憶に関する考え

最近、強く思うのが記憶力の大切さだ。いや、覚える力というより、忘れないでいる力の大切さを痛感している。その理由を記しておこう。

1. まず、第一に年齢を重ねると忘れやすくなる。
歳をとると、多分だが覚える力は増しているように思う。日々覚えることがたくさんあればより強くなるのだろう。しかし、一旦覚えたものが忘れやすくなっているように感じる。若い頃と同じと考えてはいけない。ここに注意しなければならない。若い頃よりも記憶のメンテナンスに力を入れなければならない。このギャップに気づかないと非効率な勉強をやってしまいそうだ。肌の水分と同じ。保水力もなくなっていき、記憶のキープ力も下がっている。かもしれない。

あるいは、たくさんの情報から必要なことを引き出すのに段々時間を必要とするようになると考えたこともある。

2. 昔覚えて当然使えると考える知識やスキルが使えなくなっている。これも、記憶の衰えだ。昔できたことなら再現できるようになるまでそうかからないが、できなくなっていることに、気づかないものだ。忘れたものに気づけたら、それは忘れてないということを意味している。

3. 思考に使える知識は覚えたものだけである。どういうことかというと、考え事をするとにき頭の中に登場できる情報は、考え事をする瞬間に既に知っていることだけである。未知の事に対して頭の中に情報がないと考えることすら起こらないわけだ。明日起こる大地震について、前日に考えることなどできようはずがない。知らないことは考えられないのだ。つまり、多を覚えておくことと、それを使って色々考えることが、その人の知的水準に比例しているわけ。


4. インターネットがあるから、覚えなくていいんだは、大きな間違い。インターネットで知った情報で色々考えられるかもしれないが、考えた内容は、大体浅くなるし、他の誰かも考えつくようなものに落ち着く。インターネットで調べて一回見たようなだけのことは直ぐに抜けるし使い物にならない。決してインターネットを否定しているわけではない。インターネットがあるから、覚えるとかそういう作業がいらないという考えを否定しているのだ。情報にアクセスしやすくなっただけだ。むしろ昔よりたくさん頭に入れないといけなくなった。それだけたくさん考えねばならなくなった。このことに気づいてほしい。私は最近気づいた。

たしか、法律の試験で辞書持ち込み可能だったとか。でも、辞書の有無が成績に影響するだろうか?思考力を問う試験では影響は小さいし、世に求められるのは、思考結果である。覚えた上で思考に使える状態にしないと意味がない。

高学歴の人のはなしを聞くと決まって幼い頃は、百科事典をよく読んだという。記憶量がその人の学力に比例する例と思う。

暗記したものが多いと試験のとき有利
そもそも覚えておくべきを覚えていない場合、試験を受けるべきではないんじゃないか?スタートラインに立ってないように思う。
いくつかの側面から物事を覚えておけば安定する。英単語を、語源から、音から、例文から覚えれば、一部を忘れても他の記憶が助けてくれる。

以上を踏まえてどんなことを暗記すればいいかを考えると、やはり重要なものを暗記すべきだ。

重要なものとは、
頻度の面で考えたら、その情報がいずれまた必要になるなら、必要でないものより重要だ。覚えておいたほうが効率的だからだ。毎日会う人の名前は必然的に覚えられる。
感情に訴えるものも重要だろう。
他と関連があるものも頻度の面で大切。英単語を字面だけ覚えるのは大変。語源からのサポートがあるとよい。同義語と一緒に覚えるのもあり。


理解したうえで暗記するのがいい。理解したものじゃないとのこらない。難しい数学の定理を導出を理解せずに暗記したところで忘れるのがはやい。覚えるのは導出と結果だ。

歳をとり忘れやすくなるのは、なにかしら深く知る経験があればその経験との比較で、暗記しようとする行為に深さを見出せなくなってきているからなのかもしれない。深くつきつめて取り組んだことは人生において重要であり、深さを知るがため新しいこととの差が生じる。浅いものはすぐ忘れる。

結局いいたかったことは、
ま、歳とってからの学習では、暗記が昔以上に大切で、そのことを忘れがちだよね。
ということをいいたかった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?