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腐ったダイヤモンド

 ここ1週間は、色々な用事というか個人的なプチイベントがありました。
 先々週くらいから準備をしつつ日常生活もしつつで、今週の土日は疲れが一気に出てきてしまったような感じがします。

 疲れていると、ふとした瞬間、特にきっかけがなくても、昔あった嫌なことを思い出すことがあるんですよね。

 今日はふと思い出した出来事と、それについて思ったことを書き留めておこうと思います。

給食は諦めます

 私が通っていた工業高校は、全国的にも珍しく給食のある学校でした。
 全校生徒が1,000人を超える学校だったので、学年ごとに順番が決まっていて、上級生から順に給食を食べていました。

 昼食の時間は、お昼休みと一緒くたになっていたので、必然的に1,2年生は昼休みの時間がちょっと短くなってしまいます。順番の列に並んでいなければ、ご飯前に昼休みを取ることもできるのですが、選べるメニューが少なくなりがちなので並ぶ人の方が多かったように思います。
 どちらにせよ昼休みの時間のどこかで給食を取らなければならないため、昼休みの時間がちょっと使い勝手の悪い前後に分かれた感じになってしまいがちでしたね。3年生になったら、給食後にまとまった時間が取れるのかもしれませんが、あいにく2年生までしか在籍しなかったので、なんとも言えません。

 高校2年生の頃だったと思いますが、実習をお休みしてしまい、どこかの放課後か昼休み等で振り返りの時間を取らなければ…という状況になりました。
 その時、たまたま色々なことに追い込まれていた私は、「ご飯なんて食べている余裕はない。1食抜いても死ぬわけじゃない。課題の方が優先するべきことだ」と思い、給食を諦めて実習を受けようと先生にお願いしにいきました。

 まあ当然のことながら、「お昼ご飯はどうするんですか?」と最初に問われ、「給食は諦めて…」と事情を説明したところ、「それはダメです。ご飯は食べてきてください」とお叱りを受けました。

 でも、当時の私はその理由が分からなかったんですよね。正確には、わかっていたけれど、わからない方が生きる上で正しいような気がしていた、みたいな感じです。

 自分の健康なんて、自分以外の誰かにとっては、本当にどうでもいい無価値なものだと思っていました。誰もがそうして自分の健康をドブに捨てて生きていくものだと思っていました。

 でも、先生にお叱りを受けた私は、困惑と、ほんの少しの安堵で泣いていたんですよね。ご飯食べてもいいんだなみたいな、とても変な気持ち。

 この時は先生の一言で悪い方向に転がることはありませんでしたが、自分の心身を傷つけることに躊躇いの無い生き方が始まったのが、高校2年生あたり、ちょうどこれがあった時期だったと思います。
 歯車が狂い始めた時期で、自分を積極的に傷つけ始めた時期で、初めてODした時期。
 自分の命に関わる事件を起こすまで、結局誰も本当の意味でその私に気付けなかったな。もちろん私自身も。

傷つきたくなければ頑張れ、頑張れなければ死ね

 お仕事をしていた頃、私が会社のトイレでリストカットしていたのは、過去の記事で何度もお話ししていることだと思います。
 今でも私は、ほとんど誰もが、仕事がしんどくなれば会社のトイレでリストカットくらいしたことがあるとか、OD出勤をしてフラフラになって結局お休みをもらったくらいあるとか、そんな気がしてしまいますが。もしもそれが”普通”の世の中だったら、とっくに人類は滅んでいると思うんですよね。

 私には、どうして職場のトイレでリストカットをしないのも、辛いからとODしないのも、よくわかりません。確かに、ラクになるどころかかなりしんどいことになるのですが、しんどい現実に耐えるよりかは自傷の方がしんどく無いと思うんですよね。
 仕事がしんどさ100点だとしたら、リストカットのしんどさは5点くらいで、ODは錠剤の数×1くらいの点数でしょうか。今まで最大70錠くらいでしたっけ、ぶっちゃけ50を越えれば一括して『かなり多い』判定なので、あんまり大差ないと思いますね。20~30は基本的にちょっと吐き気を感じるくらいで、20錠未満は問題なしくらいの感覚です。バグってますねぇ。
 ちなみにその後の対応は、救急搬送されたら多くて50点、少なくて0点または逆に幸せが30点加算でハッピーエンド、入院した場合は30点くらい。死んだ場合は無に帰すので0です。

 私って、とてつもなく利己的に生きているので、自分がどう感じるのか、自分が自分に対して何を考えたり思ったりするのか、というのが一番重要な部分。
 考えようと思えば、例えば私が死んだら、友人や恋人、家族が悲しみます。当然ですが。もちろん悲しむという現実に対して、私は心を痛めるし罪悪感も感じます。
 でも、私が死んだという状況において、私は何かを感じることも、考えたり思ったりすることも不可能のなので、私が死ぬことは原因がなんであれ”仕方のないこと”で、いずれ訪れるその日がたまたま今日で、本来の原因が病気だったり老衰だったりするものが、事故や自傷によるもの、くらいのドライな認識でいます。死ぬの怖くないのかもしれない。

 仕事って、生きるための最低限というか、生きたいのなら当たり前のようにすべきことだと思っていたんですよ。実際そうだと思うんですけど。
 でも、私はそれを拡大解釈していて、逆に仕事ができないのなら、お前に生きる資格はない邪魔だから死ねみたいな。

 傷つきたくなければ頑張れ、頑張らないとリスカするぞって自分を脅す。
 頑張れなければ死ね、仕事しないと生きていけないんだよ。

 まあODは、体調が悪ければ仕事を休む口実になる!体調を悪くしよう!それでも行く意思は見せるため出勤はしてみよう!みたいな頭のおかしいテンションでしていたので、これを一般的な自傷にカウントするのかは謎なところなんですけどね。

命を腐らせる

 色々な状況があって今の私がいるので、当時の私も、決して私だけの努力不足とかで病気になったわけではないと思うんですよね。そうでなければ、生まれた時からバカであることが運命付けられているようで、この世界に救いようがなくなってしまう。

 とはいえ結果的に、私自身の命に関わる全て、心身の健康や生きる時間、持ちうる財産(習ってきた技能など)を腐らせたのは、私自身だと思っています。
 ちゃんと、私は私の意思で、給食を諦めて、職場のトイレでリスカをして、ODをしてきましたからね。順調に健康をリリースし続けた結果が今なので、納得と言えば納得。

 でも、今日あれこれを思い出して、ふと思ったんですよ。
 私は結局、腐らせた大切なものの対価を何一つ得られていないなって。失い損をした気分だなって。

 給食を諦めますと言った私は、心をぶっ殺して実習に取り組み、その日の昼休み中に終わらせられるのなら終わらせてしまいたかったのだと思います。結局どうなったのかは何も覚えていないのですが、おそらく昼休みだけでは終わらなかったと思います。
 トイレでリスカをした私は、自分を脅すことによって奮い立たせて、仕事を続けたかったのだと思います。リスカをすることで健康な自分を保ちたかった。結局、健康を失っただけでした。
 ODをした私は、休む口実を作るとか、体調悪いけど頑張ってる私偉いとか、まあ色々な気持ちはあったと思いますが。別に、ODしなければ休めないわけでも、ODしたからといって偉いわけでもないですからね。快楽目的でも現実逃避目的でもなく、助けてほしいことが目的だったのならば、ある意味では達成されているのかもしれませんが。そこまでしないと助からないのならば、おかしいのは私ではなく世界の方だと思います。(過言)

 結局私は、私の持つ健康や時間、財産といった、大量のダイヤモンドを腐らせて、腐ったダイヤモンドのバーゲンセールでもして、それでも誰も買わなくて、また腐ったダイヤモンドが増えて、今度は押し売りをして、購入を拒否されて…という、商売の下手さ。
 残ったのは、誰にも見向きされない腐ったダイヤモンドの山。それも、現在進行形でゆっくり増えていく。

 結局のところ、自分が何をしたかったのか全くわからない。まあ、まだ結論を出すには若すぎる年齢ではありますけどね。
 それでも、何一つとして結果に結びついていないのは、どれだけ時間が経っても虚しさしか感じられないものです。

 私が無職なお荷物になって、生活保護になって、母を泣かせて、ODをして救急搬送されて胃洗浄して、4年が経ちました。
 人って、何も変わらないものですね。

 腐ったダイヤモンドって、削ったら輝きを取り戻せますか。

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