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【メルマガ絵本沼:第19号】『もじゃもじゃペーター』60%OFFの謎

【メルマガ絵本沼】をお読みいただきありがとうございます。
今回のお題はドイツの古典絵本『もじゃもじゃペーター』(ハインリッヒ・ホフマン)です。

先日、絵本専門店と絵本原画展を10箇所めぐる「絵本弾丸ツアー」を決行しまして、その際に訪れた安曇野ちひろ美術館に 『Der Struwwelpeter』 の初期の原書が展示されていて、かつてドイツを訪れた時のある出来事を思い出したのでした。

ひとときお付き合い願えれば幸いです。


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『もじゃもじゃペーター』60%OFFの理由

■何かと古い絵本
デア シュテュルーベルペーター』(ハインリッヒ・ホフマン 1809–1894)という、ドイツの古い絵本がある。
精神科医のホフマンが息子へのクリスマスプレゼントとしてつくったこの絵本は、発行からおよそ180年経った今日も、当初の姿のママ多くの国で刊行されている。

©教育出版センター

日本も同様で、今も3つの出版社から刊行されている(※1)。
最初に出たのは元大日本帝国海軍技術官の伊藤傭二(1901-1955)が訳したもので、この国がまだ戦時中の1936年に刊行された。
福音館書店の「こどものとも」創刊の20年も前の話。

次に出たのは集英社の生野幸吉(1924-1991)訳、そしてその後、ほるぷ出版から佐々木田鶴子(1942-2016)訳が刊行。

このように複数の出版社から別訳が出るというのは、コンテンツそのものが強いということもあるんだけれど、それよりもホフマンの著作権が1960年にはフリーになっていたことが大きかったように思う(戦時加算含めて)。
印税ナシだと製造原価が下がるので、出版社的は安価でつくることができるから。

ともかく、この絵本は何かと古い。

※1 中には品切もあるが、絶版にはなっていない。

■ふたつの邦題①ぼうぼうあたま
複数の出版社から翻訳版が作られた結果、邦題も(代表的なものとして)ふたつ走ることになった(※2)。
このこと自体は民話や童話をベースにした絵本では普通にあることで、『デア シュテュルーベルペーター』も古さでいえば似たようなものになるのかもしれない。

最初の邦題は『ぼうぼうあたま』で、次が『もじゃもじゃペーター』になる。
もじゃもじゃとぼうぼう、イメージは似たような感じか。

で、『ぼうぼうあたま』(伊藤訳)は出版社を変えて同じバージョンが4回刊行されている。
初回(国内初の翻訳版)は1936年に曙光会から、2回目は1980年に教育出版センター、3回目は2004年に銀の鈴社、そして現状最後が2006年の五倫文庫(発売:銀の鈴社)で、なかなかにあわただしい。

私の書架に差さっている『ぼうぼうあたま』は2回目の教育出版センター版で、巻末には6頁の詳細な資料が付いていて、それによると伊藤訳の底本は1860年のセカンドバージョン(二訂版)を採用しているとのことで、結果、日本では初刊行になるが、底本は原書の初版ではないという状況になった。この原因は訳者の伊藤がドイツで入手して日本の甥っ子へ送ったものが、1860年の二訂版だったからという単純なものだった。

また、曙光会版は時代的な背景もあり、つくりは縦書き右開き、本文はオールカタカナ表記、タイトルも『ボウボウ・アタマ』とモダンなものなのになった(後にひらがな表記に)。

メッチャカッコイイ。
表1のインパクトはファーストバージョンよりもこっちの方がでかいと私は思う。

※2 『もじゃもじゃぼうや』(川崎大治/三好碩也/1981/チャイルド本社)、『もじゃもじゃくん』(岡信子/赤坂三好/1994/世界文化社)などもあるが本稿では割愛。

■ふたつの邦題②もじゃもじゃペーター
もうひとつの邦題『もじゃもじゃペーター』の方は、1980年に集英社から刊行された。
時期的には『ぼうぼうあたま』の2回目の教育出版センター版と重なる。

©復刊ドットコム

集英社はホフマンの絵ではなく日本人の絵を採用した。
これについては復刊ドットコム版のあとがきで、著者の飯野和好がこう語っている。

そんなある日、出版社(集英社)の方から電話があり、このお話は和田誠さんに決まっていたのですが、和田さんがこれは飯野さんに描いてもらったらと、仕事をまわしてくださったというのです。それも大好きな「もじゃもじゃペーター」!夢中になって描きました。

『もじゃもじゃペーター』復刊ドットコム

なんと、和田誠だったらどんな絵本になっただろうか?と思わず想像。

それはさておき、本書は「原書の絵ではなく(当時の)気鋭のイラストレーターの絵を使う」という冒険をしていて、そこがひとつのウリになっている。
一方、翻訳は高名なドイツ文学者の生野幸吉が担当していて(ここは冒険しないのね)、本文は韻を重視する伊藤訳より原文に近く(←親戚のドイツ語圏生活者曰く)、タイトルを『ぼうぼうあたま』の踏襲ではなく『もじゃもじゃペーター』に変更したのは、ひとえに生野のセンスだと思われる。
絵本は編集次第でいろんなかたちになるな、と。

ただ、なぜ縦書き・右開きにしたんだろ?という疑問が残った次第。
普通に横書き・左開きにした方がバランスがよかったように思う。
で、それが原因ということでもなかろうが、集英社版はその後、事実だけで捉えるならば、どうも売れなかったようだ。
数年後には絶版となり、2007年に復刊ドットコムより復刊された。

■もう一冊のもじゃもじゃペーター
集英社版から5年経った1985年、ほるぷ出版が新訳版を刊行。
底本は1845年のファーストエディションで、表1は曙光会版とは別のものとなった。

©ほるぷ出版

こちらはこちらでインパクトがある。
めっちゃかっこいい。

本書は「ほるぷクラシック絵本」という叢書の中の一冊で、この叢書は「原書に忠実」がポリシーなので、つくりも横書き左開き、片面印刷で頁数多め、斤量高めのいい紙つかった、とてもよい仕上がりになっている。
本体価格は2,300円ナリ。

翻訳は大御所佐々木田鶴子、そして、タイトルは生野訳の『もじゃもじゃペーター』を踏襲。
「ちりちり」とか「くるくる」とかもあったかもしれないがやっぱり「もじゃもじゃ」が座りがいいのだろうか。

それにしても、ほとんどの本が初版で消えていく現在の出版業界に身を置くものとしては、同じ佇まいで200年近く生き残っていることに対し、凄みと、そして畏怖すら覚えてしまうのだった。

■60%OFFの謎
と、前置きが長くなったが、私の書架には『デア シュテュルーベルペーター』の原書が一冊差さっている。
と言っても楽譜付きのバージョンで、購入したのは1998年4月9日木曜日、場所はベルリンの小さな書店だった。

奥付には初版1979年とあり、表1はファーストエディションを採用している。
店にふらっと入ると面陳されていたこの絵本が目に入り、「おお、もじゃペではないか」と値札を確認したところ、そこには「14.5DM」に赤ペンで斜線が引かれ、60%OFFの「5.95DM」と貼付されていた。


※あちらでは表紙に普通にシールを貼る。

これは買いや!」と反射的に購入。
で、ウキウキしてミュンヘンへ戻り中身を見て愕然。


※ノンブルに注目

ノンブル24の後が9になっていて、P25からP32がばっさり抜けおちていた…。
稀にみる見事な乱落丁(※3)。

そして大笑い。
不良品は安く売ればいいだけなのだな、と。

今も私の書架に差さる、乱落丁の『Der Struwwelpeter』。
今となっては本当に善き思い出なのだった。

※3 日本ではこのレベルは出版社回収になるので市場には出回らない。

(了)


バックナンバーはnoteにあります
次回は2023年10月30日(月)配信予定です。


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