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三菱の至宝展と、それから中野美代子「耀変」

私みたいによく分かっていない者にも問答無用で「ああ、これは宝だ」と思わせる美しさがあり、そしてそれは実際に広く認定された「宝」である、という宝の中の宝というかそういうものが世の中にはあって、稲葉天目はまさにそれだった。

先月、三菱一号館美術館の「三菱の至宝展」へ。

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主な目的は稲葉天目を見ること。3つだか4つだか(ここは意見が分かれているらしい)現存する曜変天目茶碗の1つ。国宝。
その青く輝く不思議な茶碗は今年の6月に発売された切手「国宝シリーズ第2集」にも採用されている。

曜変天目とは南宋時代(12〜13世紀)、現在の福建省の辺りにあった建窯という窯で焼かれた天目茶碗のうち、黒い釉薬の上に独特の斑点と光彩が浮かんだもの。
この紋様はおそらく当時偶然に焼成されたものだとされていて、その作成方法は現代でもよく分かっていない。しかもなぜか産地である中国には曜変天目の欠片は出土しているものの完形品は存在せず、現存の茶碗は全て日本にある。なぜそうなったのかも不明。「曜変」という名前も日本でつけられたものだそうだ。謎多き神秘的な茶碗、それが曜変天目。

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薄暗い展示室であやしく輝く稲葉天目を見た。徳川将軍家から春日局を経て後に淀藩主となる稲葉家に伝わったことからこの名前がある。ポストカード、もちろん買うよね。そのうちこのポストカードと切手を組み合わせて遊ぶのだ。
日本刀の刃文を見る時と一緒で膝を曲げたり伸ばしたりしながら視線の角度を変えるとそれに伴ってきらきらと見える「景色」が変わる。なんだこれ「宝」じゃん。目が釘付けになる。魅了される、とはこのことだ。

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その後、図書館で中野美代子「契丹伝奇集」を借りて読んだ。この中に「耀変」という短編小説がある。(曜変は耀変とも書く)
「耀変」に登場する「島埜天目」という曜変天目茶碗は描写からしておそらく稲葉天目がモデルだ。この小説は現代の日本と南宋時代末期の中国が交差するSF歴史モノで、登場人物の多くは曜変天目に魅了されている。

「南宋」側の主人公である皇帝臣下は曜変天目をこのように言い表している。

何の変哲もない無愛想な茶盌だと思って立ち去ろうとした時、その茶盌の内側にキラリ輝く星宿がこぼれたかに見えた。
腰をかがめてのぞきこむと、掌中に収まる茶盌の内部は、満天の星が互みにまたたき互みに消える夜半の蒼穹となった。

「耀変」中野美代子 契丹伝奇集(河出文庫)

この小説は創作でありファンタジー要素のある物語なので「こうであった」という事実ではもちろんないのだけど、曜変天目が中国で作られ、その一部が日本に渡ったその過程にはこんな不思議な出来事があったのかもしれず、それによって人生が狂った人もいたのかもしれない。そう想像するのはとても楽しい。そして実在の曜変天目にはそういう想像力をかきたてる一種不気味なまでの美しさが備わっている。

美術館の展示品と創作の世界をいったりきたりするのは贅沢だ。
稲葉天目以外の曜変天目茶碗も機会を作ってぜひ見に行きたい。


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