見出し画像

【いつメロ No.6】わがままになってみる

「もう9月か…」
いつからか、時間の感覚が狂っていた。
だから数えるのが面倒になって、もう6月あたりから止めた。

社会人になって3年目。仕事にある程度慣れてきて、この頃は新鮮味が薄れてきた。同時に、先輩たちが進むキャリアの道筋も何となく見えてきたがワクワクするものではなかった。変に先が知れてしまったからか、より面白みがなくなってしまった。帰りには、「何で生きてるのか」を自問し始め、また朝を迎える。ここのところは、そんな日々を送っている。1年目の頃胸に抱いた、果てしない未来へのワクワクはどこに行ったのか。

金曜の夜。何をするでもないけど、帰るには何だかもったいない気がしたから、目についた居酒屋に入った。カウンターに座り、とりあえず生を飲み干し、たこわさを口に放り込んだ。そんな自分を見た店主がふと声をかけてきた。「なぁ、あんた。今お先真っ暗じゃないか?」。始めの一言で見抜かれるとは思わず、掴んだたこを落としかけた。「何で分かるんですか…?」その一言が精一杯だった。「ビールとたこわさを味わっておいて、辛気臭い顔してるやつは大抵そうだからな。そんな若ぇのに何を見失ってんだ?」幸いなのか、店内は空席が多く、カウンターは私だけ。だから、店主のおじさんが話を聞いてくれることになった。ワクワクが消えたこと、会社でのキャリアに魅力を感じないこと、終いには何で生きているのか分からなくなったこと。自分の中でぐるぐる回っていた想いを全て話した。時々、店主が話を聞きながら焼酎を注いでくれたり、卵焼きやピリ辛きゅうりなどのおつまみを作ってくれた。

「あんた、若ぇのに色々考えてんな。最近の若いのは賢いな~」。お世辞ではなく心の底から出たような口調だった。その勢いで焼酎をあおったのはどうかと思ったけど。「おれらの時はとにかくひたむきにやってたから、2~3年先のことも考えてなかったからな~。まぁ今の時代がそれを許さんのだろうな。常識がころころ変わるわけだし」。意外な言葉だった。店主には申し訳ないが、見た目からは時代を追っているとは思えず、説教の一つでも飛んでくるかと思っていた。けど、実際は時代の変化を知り、若い世代の立場からも見えている人だった。

「まぁなんだ、ここまで聞いておいてただお代もらって帰すわけにはいかんから、少し話そうか。ただの吞み助の戯言と思ってくれてもいい。付き合ってくれた分まけてやる」。店主はついに、カウンターの隣に座り始めた。もう店には二人だけで、店先には少し早い「閉店」の看板がぶら下がっている。店主は日本酒を注ぎ、一口あおった後語り始めた。「居酒屋やってると、色んなやつが来る。毎週同じ愚痴を言ってるやつ。1人でしんみりと飲んでるやつ。夢を語り合ってるやつら。様々だ。そういうやつらの話を聞いてると、色んな事情が見え隠れする。けどな、一つだけ、みんなに言える共通点を一つだけ見つけたんだ。」店主は、人差し指をピッとあげ、私のほうに向けた後少しニヤッとしながら「なんだと思う?」と投げかけてきた。皆目見当がつかなかったが、一応の答えとして「現実から逃げてる…ですか?」と言った。すると、「いやぁ、違う。みんな未来を変える権利が平等にあることだ。」と即答した。

「未来を変える権利…ですか?」少し意外性に欠けた答えだった。「あぁ、そうだ。しかもいいほうにな。そのチャンスは誰の元にもやってくるんだ。転勤であったり、重大な仕事や人との出会いなんかに潜んでいる。それを捉えて離さないでいられたやつが良い未来へと行けると思ってる。」。言ってることは何とも普遍的だった。けど、何だか自分の心にすっと刺さった。「あとは、逆境の中でどれだけあがくかだな。自分の行きたい方へ進む覚悟をどれだけ持てるかだな。何も言うことを聞くのが正しい訳じゃねぇ。それは時に間違ってるし、時には時代の変化に流されることもある。だが、自分ってのは時代が変わっても自分だ。その流れにあがくことだって出来る。それで行きたい方へ進めたやつはいい顔で酒を飲んでるんだ」。この言葉は深く刺さった。自分はいい顔で飲めていなかった。会社の先輩たちと同じで、つまらない顔で飲んでいたんだ。「そう気を落とすな。あんたは若いのに色々考えられてる。その分、進みたい方もあがくべき相手も分かると思うから頑張りな。諦めて流されるにはもったいないぜ、あんた」。この言葉に肩を叩かれたように、気持ちがふっと軽くなった。

すると、店の中には切り忘れたBGMが鳴り続けているのに気づいた。ラスサビに入っていて、盛り上がっているところだ。そのBGMを意識した時、歌詞が入り込んできた。

「いつかこの僕の目の前に横たわる
先の知れた未来を
変えてみせると この胸に刻みつけるよ
自分を信じたなら ほら未来が動き出す
ヒッチハイクをしてる 僕を迎えに行こう」

「この歌詞、好きでな。この曲のタイトルをそのまま店名にするほどだ」。そういう由来があったのか。今思えば、もしかしたら、この店に入ったのは引き寄せられたからかもしれない。それは運命かもしれない。

お代を払って外に出ると、涼やかな風が吹いた。この心地よさに入る前には気づかなかった。「また来な。次はもうちょっと『美味い!』って顔見せてくれよ」と笑顔で見送ってくれた。

自分の未来を変えるために、少しあがいてみようか。どうあがくかは決めてないし、決める気もないけど、自分を迎えに行く準備をしようか。


                          Mr.Children/未来


あなたのサポートがぼくの執筆の力になります!本当にありがとうございます!