20190509mr試合グランドてふてふ

Butterfly bus(下)


バスの窓の下側にある溝のようなところに弱々しくぶら下がっているのは蝶だった。モンシロチョウだと思う。細い足でしがみついて全身をプルプルさせながら、なんとかそこにとどまっていた。明らかにその蝶はすごく弱っていた。クーラーから出てくる風の勢いで蝶の羽根は揺れていた。

12月であっても太陽が出ると夏のように暑くなるため、運転手は季節に関係なくバスのクーラーを作動させる。想像もつかないだろうが東京で雪が降っていても車内はクーラーになる場合がよくある。その日もかなり強い勢いで冷気を車内に吐き出していた。

冷たい風にさらされたせいで弱っているのではないかと思い、わたしは蝶を人差し指になんとか移動させて、指に乗せたままクーラーの風が直接当たらない膝上まで動かした。

指にのせた蝶を自分の顔に近づけてちゃんと見るとふらふら体が揺れていて本当に弱っていた。顔も辛そうだ。少なくともわたしにはそんな表情をしているように見えた。

冷気から守るように手のひらを重ねて部屋を作ってその中に蝶を保護した。そうすると冷たい風からは守ることができた。チラチラと手のひらの中にいる蝶の様子を見ていたが、しばらくすると羽根をゆっくり動かすようになった。少しずつ生気が戻っているような気がしてホッとした。

途中から車内は混み始めたため自分の怪しすぎる所作は見られていたと思う。だが、もうそんなことを考えている余裕もなかった。もうこの蝶を守りたいということだけが現在のミッションなのだ。

目的のバス停に到着してもわたしはしばらく降りなかった。どのように蝶を外に運び出そうかと考えていると、降車する列を混雑させるかもしれないと思い最後に降りるという判断した。ふと窓の外を見るとバス停前にあるビルの花壇が目に入った。

バスから降りると、その花壇の緑の中の花の近くに蝶を優しく降ろした。そして、蝶がその場所に安定するまで少しの間だけ蝶を見守っていた。もう安心かなと思えたタイミングを待って自分の会社に向かって歩いて行った。動きは変だったと思う。変なおじさんである。

オフィスに向かうとき気持ちが明るくスッキリしていた。いつか、どこかで感じたことのある記憶。上から目線で「やってあげている」と思っていた相手に純粋に心から感謝されたとき、小学生のとき知らないおばあちゃんを助けたときのあの感じ。

この話は本当のことだと記憶しているが、なぜバスの中に蝶がいたのだろう。何かの暗示があったとも考えにくいし、自分はそんなことは考えるタイプでもない。だけど、何か意味づけしている自分がいた。都合のいいように。サピエンス全史でハラリさんもこんなことを書いている。

認知革命によってサピエンスは虚構(フィクション)を信じることができるようになった。そして、それを共有できた。

琉球の方言で蝶のことを「はべる」という。琉歌や古典音楽、そして古琉球の神歌おもろを集めた「おもろそうし」にも出てくる昆虫だ。琉球の伝統工芸である紅型(びんがた)の古典柄のひとつでもあり「はべる」は「生きているものを守護する存在」で神聖な生き物だったという話もあるようだ。


わたしにあった不思議なできごと。信じるかどうかはあなたしだい。



終わり


昨日の「Butterfly bus(上)」は下記から


この本読んでみようと思う。

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