(短編小説)親愛なるあなたへ〜「小料理屋しづ」の日々〜<第3話>
こんにちは。ご覧くださりありがとうございます( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします!
親愛なるあなたへ〜「小料理屋しづ」の日々〜 <第3話>
10月に入り、本格的な秋の訪れである。昼間の気温も涼んで来た。
秋の味覚と言えば連想するお魚はさんまだろう。さんまは年々漁獲高が減って、走りは特に価格が高騰してしまう。だがそれも幾分落ち着いて来た。
さて、今日の目玉はそのさんまである。半分は甘露煮にし、半分は塩焼きに。
さんまの甘露煮は、頭と内臓を取って骨ごとぶつ切りにしたさんまを、日本酒とお醤油、お砂糖とみりん、たっぷりの千切り生姜と一緒に煮込む。
甘辛い中にしっかりと生姜が香り、さんまの旨みと脂を引き上げる。じっくりと火入れするので、ふっくらと柔らかい身が味わえるのである。
今日の口開けは小倉さんだった。今日の服装は黒のチュニックにピンクのヒョウ柄のスキニーパンツである。
小倉さんは「赤霧島」の水割りを頼まれた後、今日のおしながきを見て「んん?」と顔をしかめた。
「さんまの甘露煮と塩焼きやて? なんやねんこれ、どっちにしようか悩むやないの」
そうごちる小倉さんに、志津はくすりと笑う。
「半分ずつにしましょうか? どちらも1人前1尾なので、頭の方をお出ししますよ」
「そんなんしたら、尾っぽの方が余るやないの」
「私が後でいただきます。はい、赤霧島の水割りどうぞ」
「はいよ。ほんなら、そうしてもらおうかな。ええ様にしてくれるん嬉しいわ」
「これぐらいならいつでも。お待ちくださいね」
志津は下処理をしておいたさんまに塩を振ってグリルに入れる。甘露煮は小さなお鍋に煮汁と一緒に入れて温めた。
先にできあがるのは甘露煮である。小鉢に移し、上に煮汁が沁みた生姜の千切りをこんもりと盛って、煮汁を周りにそっと注いだ。
「はい、お先に甘露煮どうぞ」
「ん、ありがとさん」
小倉さんはお箸で甘露煮をほぐして口に運び、赤霧島の水割りを追いかけさせた。
「あ〜、たまらん。甘辛いのが焼酎に合うわ」
満足げに言って、相貌を崩した。
赤霧島は宮崎県の霧島酒造が造る芋焼酎である。紫芋のふくよかな味に、フルーティな香り。やわらかな舌触りとまろやかな甘さが感じられる逸品である。
「ありがとうございます」
「繁さんもそろそろ来るやろか。今日は野菜だけや無くてさんま食べんと損やで。ひとり暮らしやったら、甘露煮なんかなかなか食べられへんやろうしな」
「そうですね。来はったらおすすめしてみようかしら」
「そうしぃ。あの頑固もんも志津ちゃんに言われたら大人しゅう聞くやろ」
志津は繁さんを頑固者だとは思わないが、小倉さんにとってはそう映るのだろうか。いろいろな見方があるものだと思う。
やがて塩焼きも焼き上がる。角皿に載せ、端に大根おろしを盛ってすだちを添えた。
「はい、さんまの塩焼きお待たせしました」
「ありがとうさん。これこれ。待っとったんや」
こんがりとした皮がぱりっと弾け、じぶじぶと音を立てるさんまの塩焼きを前に、小倉さんは口直しをする様に赤霧島の水割りを舐めた。
にんまりと口角を上げながらすだちを搾り、お箸を入れる。でっぷりとしたお腹を開くととろりと内臓が出てきた。小倉さんはほろりと骨から外れた白い身に内臓をまとわせて、はふはふと口に放り込んだ。
「あ〜、たまらんわ〜。繁さんも早よ来たらええのに。この秋の味覚には抗われへんやろ」
「そうやと嬉しいですねぇ」
その時、がらりと開き戸が開く。繁さんだと思った志津は、現れた姿を見て思わず「あら」と口を開いた。
「高柳さん、いらっしゃい。今日はお早いんですねぇ」
しかも高柳さんは私服だった。長袖のチャコールグレイの薄手のパーカーに、ストレートの青いデニムを合わせ、靴は黒いスニーカーである。
「こんばんは。今日は有休取ってめっちゃ寝ましたよ」
高柳さんは言いながら小倉さんからひとつ空けて掛ける。志津はおしぼりを用意した。もう秋なので温かいものになっている。
「あれ? 繁さんはまだなんですか?」
「そうやねん。何しとるんやろうな」
小倉さんはさらりと言うが、高柳さんは「ええ〜」と不安げな顔になる。
「僕、ちょっと繁さんの家に行ってみます」
スマートフォンを手に立ち上がった高柳さんに、小倉さんは「待ちぃな」と咎める様に言う。
「そんなん、来るんが遅なってるぐらいで大げさやろ。なんや用事でもあるんちゃうか」
志津もそこまでしなくてもと思ったのだが。
「言うても繁さんて、もうそれなりのお歳やないですか。万が一ってこともありますから」
そう言われ、まさか、の思いが頭をよぎる。繁さんはいつもお元気だし、いつまでもご健在なのだと根拠も無く思っていた。
だがそんなわけが無い。誰だって終わりに向かって行くのだ。至って当たり前のことなのに、それを考えようとしないのは人間の悪い癖だ。
血の気が引く思いをした時、開き戸が開く音が聞こえた。とっさにそちらを見ると、立っていたのは繁さんだった。
「……繁さん!」
志津は頬を紅潮させた。緊張が緩んだのだ。
「こんばんは。少し遅なってしもたわ」
繁さんはのんびりと店内に入って来る。
「おや、わしより高柳くんの方が早いんかいな。会社は?」
「今日は有休で、って、繁さん、遅かったやないですか。心配しましたよ」
高柳さんも安心した表情で繁さんを迎えた。
「仕事ひと段落して休んどったらうたた寝してしもうてなぁ。なんや心配さしてしもうたか?」
そうけろりと言う繁さんに、高柳さんは「はぁ〜」と深い息を吐いた。
「そりゃあ僕より遅いやなんて、どうしたんやろって思いますよ」
「そりゃあ済まんかったなぁ」
繁さんは申し訳無さげに言いながら、小倉さんと高柳さんの間に腰を降ろした。
「何事も無くて良かったです。いらっしゃいませ。今日のおすすめはさんまですよ。塩焼きと甘露煮があります」
志津は笑顔を浮かべ、繁さんにおしぼりをお渡しした。
「うん。ありがとうなぁ。さんまか。そりゃええなぁ。ビールと甘露煮もらおうかな。野菜は何がええかなぁ」
繁さんもゆったりと微笑み、お元気そうなお顔に志津は心の底から安堵した。
がんばります!( ̄∇ ̄*)