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早期のIQ教育には意味がない? 昨今の研究から分かったこと

 「子どもには幼児期から質の高い教育を受けさせた方が良い」と聞いたことはありませんか?かつては英才教育として提供されていた教育も、近年は様々に広まっています。政府が幼児教育の無償化政策を進めていることも、早期の教育の重要性の認識や時代の潮流に合わせたものと言えるでしょう。保育園でどのようなコンテンツを提供していくかにおいても、どんな保育や教育が効果があるのかを知ることは非常に重要です。

 ですが、本当に早くから高いお金を払って子どもを学習塾に通わせたりすることはそれに見合った効果があるのでしょうか?「早いうちから能力が高ければ後々にも影響していくだろう」と考えるのは自然ですが、特にIQに関係するものについて実際の研究ではどんな結果が出ているのかについて紹介していきます。今後皆様のお子様にどんな教育を受けさせるかを考える参考にしていただけたら幸いです。

○大規模な幼児教育プログラムで分かったこと


 海外では「ペリー就学前プロジェクト」「アベセダリアンプロジェクト」といった著名な幼児教育プログラムが実施され、その効果について研究されています。

 最も有名な研究は経済学者Heckmanによるもので、幼児教育や非認知能力(学力テストでは測れない、個性や動機づけの能力など)の重要性を示す代表的な論文です。(*1)プログラムに参加した子どもを長期的に追跡調査した結果、学業達成や雇用状況、犯罪行動などに有意な効果があると示され、大きな注目を浴び今日でも頻繁に引用されます。しかし、その中ではペリー就学前プロジェクトに参加した子どもはIQが上がることがわかったものの、その効果は次第に小さくなり、プロジェクトの4年後には全く効果が見られなくなったことを報告しています。彼はIQではなく非認知能力が学業等に影響したのだろうと推測しました

 さらに、2022年に発表された論文では幼児期に行われた教育のIQへの効果が小学校までに消え、それ以降はかえって悪影響になっていることが示されたのです。(*2)同研究では、これまで将来的な成功と関係すると言われてきた非認知能力が本当に就業率などを媒介しているのかについても証拠はないと断定しています。

就学前時点でIQが優位な幼児教育を受けた子ども(グレー線)を
他の子ども(黒線)が追随するイメージ図
*3の書籍から引用


 ですから、幼児教育であれば何でも良いということではなく、中でもIQ、認知能力を向上させるような教育は意味がない可能性があります。それに、それらのプロジェクトは子ども一人ひとりやその保護者に人的投資として莫大なコストを投じた結果です。単に教室に通わせれば同じように長期的な効果が表れるとは言えないでしょう。

○誰にとっても幼児教育は同じ効果?


 幼児教育が重要とは言っても、それは誰にでも言えることなのでしょうか。
 先ほど挙げたような幼児教育プログラムに共通して言えることは、「海外の、社会的に不利な立場にある家庭の子どもに対するプログラム」であるということです。特にアメリカは人種などによって大きな格差があることが知られています。元々日常的に十分なケアや教育が受けられていない子どもにとっては質の高い幼児教育プログラムは絶大な効果が見込めるかもしれませんが、日本で質の高い養育環境に置かれてきた子どもにも同じ効果があるとは限りません。

 実際、ある研究では幼児教育によるIQスコアへの影響の継続性は一部の層にしかみられず、また貧困層は家庭・学校・地域の格差による負の影響が教育による正の影響を圧倒してしまうと指摘しています。(*3)さまざまな層に対する幼児教育プログラムの有効性について、今後十分な検証が必要だと言えるでしょう。

○養育者が普段から気をつけられることは?


 幼児教育といっても、何も学習教室に通わせたりするだけではありません。子どもの成長には、普段長い時間を過ごす養育者の関わりが大きな影響を及ぼすことは言うまでもありません。
普段から気をつけておくべきことについて2つご紹介します。

・子どもへの声かけ
周囲の大人が子どもにどんな話しかけ方をするかは言語発達に影響します。皆さんが子どもに声をかけるときには大人と会話する時とは異なる話し方をすると思います。できるだけ短く、単純な文で、声が高かったり、動作を伴う表現だったりするのではないでしょうか。乳幼児はそうした話し方を好み、理解しやすいことが研究によって示されています(大人のそうした話し方も、進化の中で自然淘汰されたものという説もあるようです)。少しずつ語彙を増やしながら子どもが理解しやすい話し方を意識することは言語面の発達を促進します。

・子どもとの相互のやりとり
心理学者マーラーが唱えた情動的応答性(Emotional Availability)という概念があります。彼は乳幼児期の養育者を「情緒的エネルギーの補給拠点」と表現し、子どもが何か不安を感じたとしても養育者の豊かな情動表現によってエネルギーを「補給」し、安心したり落ち着くことができることを示しました。ある研究では、親がそもそもいないケースよりも、親がいるのに情動的応答性が著しく低いケースの方が子どもが苦痛を感じやすいことを検証しています。(*4)愛着理論でも示されているように、子どもと養育者の関係はその後の対人能力や情動性に大きく影響します。日々の不安や育児への不満などから育児不安に陥ると子どもの欠点に目が行きやすくなることもありますが、そんな時でも情緒に富んだ態度で接することが重要です。

出典:https://rachelnewdatingcoach.co.uk/2017/01/09/am-i-emotionally-available/


今回は注目されつつある幼児教育について、IQ教育に着目して学術研究から得られる知見をご紹介しました。次回は近年注目されている「実行機能」についてご紹介しようと思っています。今後も役立つ情報を発信していきたいと思いますので、フォローといいね!をお願いします!


*1
Heckman, James, Rodrigo Pinto, and Peter Savelyev. 2013. "Understanding the Mechanisms through Which an Influential Early Childhood Program Boosted Adult Outcomes." *American Economic Review*
, 103 (6): 2052-86.

*2
Durkin, K., Lipsey, M. W., Farran, D. C., & Wiesen, S. E. (2022, January 10). Effects of a Statewide Pre-Kindergarten Program on Children’s Achievement and Behavior Through Sixth Grade. Developmental Psychology. Advance online publication. [http://dx.doi.org/10.1037/dev0001301]  

*3
Adam Winsler & Kaitlyn Mumma(2022) Understanding Long-Term Preschool “Fadeout”Effects- Be Careful What You Ask For:Magical Thinking Revisited.  Advancing Knowledge and Building Capacity for Early Childhood Research (pp.123)

*4
Field,T. 1994 The effects of mother’s physical and emotional unavailablity on emotion regulation. Monographs of the Society for Research in Child Development, 59. 208-227.

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