見出し画像

近年注目されている「実行機能」とは一体何なのか

 近年にわかに「実行機能」なる能力が注目を浴びているのはご存知でしょうか。もし知らなくても、テストのスコアなどで測ることのできない「非認知能力」が重要視されてきていることは聞いたことがあるかと思います。実行機能とはこの非認知能力のうちの1つで、幼児期に大きく発達し生きる上での成功に影響することが知られています。今回は、この能力について紹介していきます!

実行機能とは何か

 まず、非認知能力について確認しましょう。OECDの定義*1によれば、これからの社会でより良く生きるために重要な「社会情動的スキル」として、
①目標を達成する力
②他者と協働する力
③情動を制御する力
の3つを挙げています。これらは数学や英語などのペーパーテストで直接スコア化できる能力ではありません。しかし、教育経済学者ヘックマンがこうした能力への投資こそが将来の成功を決めるという論文を発表して以来、世界中で注目されるようになりました。
 では、本題の実行機能に移りましょう。皆さんは「マシュマロテスト」をご存知でしょうか?子どもにマシュマロを見せ、「今食べてもいいが、15分食べるのを我慢したらもう1つあげる」と伝えます。ここで我慢できた子の方が将来的に試験のスコアが高いことが分かり、「自制心がある子どもこそ成功する」と大変有名な心理学の研究成果となりました。近年では再現性がないことも明らかになっているようですが、実行機能はこの「自制心」と大きく関係します。

 実行機能を定義する最も基礎的な研究として挙げられるMiyake et al.(2000)*2では、より欲求の大きいもしくは衝動的な行動の「抑制機能」、行動や思考間の「切り替え」、ワーキングメモリの「更新」の3つを基本要素としています。つまり、何か物事を実行するにあたって適切な行動を選択したり推進するための能力と言ってよいでしょう。例えば「抑制機能」が欠けていたら勉強や仕事をしないといけなくても「あ、ゲームしたい!」「お菓子食べたい!」「眠たいし寝よう…」などより人間本来の欲求に近いものに引っ張られてしまうかもしれません。
 遠藤(2022)*3によれば、①の目標を達成する力は目の前の欲求ではなく未来のために努力できるか、②の他者と協働する力は自己の利益ではなく他者の利益のために行動できるかなど、実行機能を象徴する③の情動を制御する力が他の力と関係していることを指摘しています。つまり、実行機能は非認知能力を支える非常に重要な能力ということです。

図に表すとこんな感じです(筆者作成)

実行機能が注目されている!

 何も実行機能は最近新しく発見された概念ではありません。先ほど挙げた最も著名な研究が2000年に発表されたもので、その研究もアップデートされています。ですが、近年関心が高まり始めたのは事実です。例えば文献検索サイトで「幼児 実行機能」で検索してみると、2001~2005年には6件しか見つかりませんが、2016~2020年には54件もヒットしていて、日本の幼児教育の文脈でも研究が盛んになっています。非認知能力が注目されるようになったことは勿論、常に何か目新しい概念を取り入れようとする業界で実行機能の順番が回ってきたということもあるでしょう。

文献ヒット数

実行機能が幼児期から育つとどうなる?

 実行機能は様々な能力の発達に重要な影響を与えていると考えられています。例えば、他者が考えていることを推測して行動し、コミュニケーション能力を円滑にしたり道徳的行動をする能力には実行機能が関わっていることが分かっています。また、実行機能の1要素「抑制機能」は算数や国語の能力と関係があり、「更新」のワーキングメモリの能力も算数的能力に影響があると指摘されています。ワーキングメモリが学力と関係しそうなことは容易に想像できますが、抑制機能も影響することは意外に思うのではないでしょうか。あくまで相関関係が分かっているだけなのでそのメカニズムまで解明できているわけではありませんが、先ほど述べた見通しの力などが関係していそうです。
 その他にも将来に影響するというエビデンスは出ています。実行機能研究を代表する京都大の森口佑介先生のツイートです。


実行機能を育てるためには

乳児期後半~幼児期前半は実行機能の発達に関して特に重要な時期だと考えられています。実行機能の各要素の発達を測るテストを行うと、年齢が上がるにつれて様々な能力が身についていく様子が見られ、5歳くらいまでには大部分が発達し、その後緩やかに成長を続けることが分かっています。しかし、すべての子どもが一様に発達するわけではありません。どんな要素が実行機能の成長に関与するかの研究もおこなわれています。
 ある研究では、社会経済的地位の低い家庭の子どもの方が実行機能のスコアが低いことが明らかにされており、家庭状況と実行機能が関係があるのは養育者が子どもの問題解決などの支援を普段から行っているかが影響していると考えられています。全てお膳立てしたり逆に制限したりするのではなく、子どもが何か困った際に適切なヒントを与えたり、子どもに委ねることが実行機能の発達に寄与します。家庭での生活は勿論、保育園などの場で大人が子どもにどのように接するかが重要だということです。ただ、すべてが周囲の大人の影響ということではなく、気質など遺伝的な要因も確認されています(森口,2022 *3)。

 今回は実行機能について紹介しました。決して真新しい概念ではありませんが、重要な能力として近年注目されています。子育てに関する書籍などで見かけたら、この記事を思い出していただけたらと思います。今後も役立つ情報を発信していきたいと思いますので、フォローといいね!をお願いします!

*1
ベネッセ教育総合研究所(2015).「家庭、学校、地域社会における社会情動的スキルの育成」

*2
Miyake A, Friedman NP, Emerson MJ, Witzki AH, Howerter A, Wager TD. The unity and diversity of executive functions and their contributions to complex "Frontal Lobe" tasks: a latent variable analysis. Cogn Psychol. 2000 Aug;41(1):49-100. doi: 10.1006/cogp.1999.0734. PMID: 10945922.

*3
上淵,平林(2021).「情動制御の発達心理学」.ミネルヴァ書房 ※執筆者に遠藤、森口を含む

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?