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【読書感想文】愛にとって、過去とは何か?

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ある男
平野啓一郎著

あらすじ
弁護士の城戸はかつての依頼者・里枝から奇妙な相談を受ける。彼女は離婚を経験後、子どもを連れ故郷に戻り「大祐」と再婚。幸せな家庭を築いていたが、ある日突然夫が事故で命を落とす。悲しみに暮れるなか、「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実が…

 あらすじを見ると、ミステリーのような印象を受けるが、ミステリーではない。著者の深い人間への洞察に根付いた文学といった印象を受けた。

愛にとって過去とは何か 

本のテーマは「愛」であると感じた。幸せだった結婚生活、その生活を共に築いてきた夫のもつ過去が、自分が信じていたものと違うと知った時、その幸せであった結婚生活自体が変わってきてしまうのか。

 私は、過去がどうあれ、その結婚生活の幸せ自体は何ら変化がないはずだと信じている。人が出会い愛し合う時、当然出会った以降のその人の様子しか分からない。もちろん過去の話を聞くことはあると思うが、自分の目で見て、肌で感じたその人というものは、出会った以降のものである。そして今愛しているその人の在り方は、その人の経験してきた過去が創っているといえるだろう。その過去の中には、当然人には言えない、言いたくないものもあるだろう。必然的に今愛している人の過去をすべて把握できるわけではないし、そうするべきでもないだろう。以上を踏まえて、消したいような過去も含めて、その人のことを愛している、と言えるだろう。過去の汚点が後に発覚したのであっても、今その人のことを愛しているのであれば、何が問題となるのだろうか。その汚点となる過去さえも、その愛する人をつくっている1つの要素である。その汚点である部分をその人の「本質」だと決めつけ、今接しているその人は本質を隠し付き合っている、と二面的に捉えることは、誰の幸せにも繋がらない。すべての過去は、今に、そして未来につながっている、と考える。

愛とは、その人を愛することにより、自己愛に至ること 

また、著者が様々なところで言っている「愛とは、その人を愛することによって、自己愛に至ること」という言葉も、この作品を読んで更に重く響いてきた。詳細は伏せるが、大祐は壮絶な過去をもっており、新たに生き直すべく、他者の人生を生きてきた。今まで幸せをあまり感じられなかったであろう大祐は、里枝との結婚生活での幸せを深く噛みしめる中で、今まで嫌いであった自分の過去さえも、少し好きになれたのではないだろうか。自分のことを無条件に認め、肯定し、愛してくれる人がいるからこそ、人は自分のことも認め、肯定し、愛することができる。その中で必然的に、自分を形作っている過去のことも捉え直すことができるのではないか。
 小説の話に比べると、大きくスケールダウンするが、自分の話を…私は吃音を小さい時からもち、それでいじめられてきたこともあるし、何度も笑われ恥をかいてきた。ずっと自分の汚点であった吃音も、いまはそこまで悪くないんじゃない、と思える。それは、吃音症状は未だに残っているものの、ごまかしながらなんとかやり過ごす方法を経験的に身に着けてきたこともあるが、何より妻の存在が大きい。自分が吃音であることも当然知った上で、私のことを好きでいてくれる。妻が一人目の子どもを妊娠中、私はお腹に向けて本を読み聞かせていた時、スムーズに読めず、つっかえつっかえになってしまった。何とかその読み聞かせを終えたとき、「一生懸命にゆっくり読んでいるその読み方がいいね。好きだよ。」と言ってくれた。その一言がどれだけ嬉しかったか。嫌いだった吃音という自分の一部が、今ではそんなに悪くないと思える。

未来が、過去を決める

 「未来が、過去を決める」この言葉も著者が言っていたが、まさにそのとおりであると思う。私の嫌いであった過去も、妻のおかげで悪くないと思える。そうやって私を支えてくれている妻にも、嫌な過去がある。私も妻の過去も全てまとめて肯定し、そのイメージを上書きしてあげたいと思うし、自分なりに行動している。そういう他者への愛の相互作用で、自分のことも好きになることができる。その関係が心地よく、継続していきたいと願う。それが愛なのかな、と感じた。

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