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東京に住む龍 第六話 日曜日なんで地獄に行ってみた①


 違和感を感じないことに違和感を感じる。

『私はどうかしているのだろうか』

 小手毬は大学からの帰り、最寄りの地下鉄の駅から、商店街の緩い坂を上りながら考えた。このまま行くと結婚前に住んでいた祖父母の家の前を通り過ぎ。龍神社に帰る。社務所の台所の扉から、神妖怪が住む魔界、幽世にある大名屋敷のような、龍御殿に帰るのだ。辰麿が嫌なら祖父母の家に戻ればいいのに、辰麿の所に自然に帰るのは何なんだろうか。

 辰麿が掛けた術の所為なのか。それとも子供の時からの絆が思っているより強いからだろうか。

 人間が迷い込むことが出来ない幽世で辰麿の子分の妖怪に祝福された宴と、まさかの神様仏様が参列した天国での披露宴の翌日、小手毬は普段通り大学に通った。子供の時から慣れ親しんだ龍神社の裏の竹藪の幽世にある、江戸時代の大名屋敷そのままの青龍の住まい「龍御殿」からの通学だ。 幽世の龍御殿での妖怪に傅かれる新婚生活を送りながら、藝大に通う不思議な日常のはじまりだった。

 そこには、私のことを無理矢理妻にした、幼馴染の水神辰麿と、その眷属の妖怪たちがいた。辰麿は一億歳の龍で、青と緑のモザイクの鱗を持った、青龍という龍なのだ。龍は原則不老不死で、その配偶者も同じように不老不死に成るのだそう。辰麿により自分の身体は操作され、もう千年くらい生きること、はじめての子供を出産するときに不老不死となり、辰麿と永遠の時を生きることに成る事を知ったのだった。

 龍は神の世界では最上級だそうだ。鬼人は「超法規的我満神獣」と呼んでいた。全く同感だ。

 龍神神社の裏の竹藪は人間が立ち入れない場所「幽世」というそうなのだ。そこに帰ることを違和感もなく自然にしている。商店街で買った夕食の材料を入れたエコバッグをぶら下げて、社務所の木戸を開けると、白い着物に神主の水色の袴を穿いた辰麿がいた。人の良さそうな童顔を小手毬に向けた。

「お帰り、スーパーに行ってくれたの。今日はなあに」

 子供のような問いかけに、小手毬はむっとした。

「茄子の煮びたしに、ハンバーグ。あなたの家来に作ってもらうわ」

 不機嫌丸出しになった。折角逃げずに戻って来たのには、何の違和感も嫌悪感もないが、お礼の一つもないのか馬鹿龍。辰麿を少し睨みつけてから、台所の裏木戸から龍御殿に帰った。台所に食材を置きに行くと、何処からか現れた、打ち掛けの裾を引いた、辰麿の眷属ののっぺらぼう、彼女はお祭りの焼きそばのお姉さんの正体に、食材を預けて、自分の部屋に籠った。  

 赤いダマスクスの壁紙の部屋は、神社と反対側の眷属達が住む竹林の方向の、二つの壁に窓があった。神社の方の窓からは、現世の龍神社の社殿の向かって左側の光景が望めた。神社前に道路を行きかう車に、角のマンションに帰宅する住人が見える。幽世のある竹藪の窓からは都心にあるとは思えない、孟宗竹の竹藪で京都嵐山の竹林の彷彿とさせた。竹藪の中には妖怪の眷属たちの時代がかった家が点在している。

 鞄の中から今日の授業の教科書類を机の上に取り出した。いすに座り伸びをした、一服すると部屋中を眺めて、ふと目に付いた和琴の練習を、豪奢なペルシャ絨毯の上で、一頻りしたのだった。

 窓の外が暗くなり、神社前の道路に街灯が点く頃、目鼻のない奥女中に声を掛けられた。極めて日本の普通なダイニングキッチン似ている、台所兼食堂に行くと、テーブルには、卵焼きとチーズが乗ったハンバーグと、長茄子の煮物が出来上がっていた。ボリュームたっぷりのハンバーグを辰麿は、貪り喰っている。

「美味しそうなので、先に食べちゃっているよ」

 日本の何処の家庭にもありそうな、ダイニングキッチンなのに、テレビが二台置かれていた。一台は普通の地上波のテレビ。もう一台は冥界のテレビ。地上波は日本放送協会で、冥界のテレビはあの世放送協会、双方ともニュースをやっている。あの世では何と女性の鬼がニュースを読んいる。あの結婚式でお逢いした、天帝様や右大臣、そして美貌の鬼野守の事も伝えていた。

 テレビを見ながら夕飯を頂く、龍だからといっても人間と変わらない辰麿。龍になると巨体になるというのに、食事は御飯茶碗が大ぶりで、せいぜいお代わりを一回して、小手毬より多めのおかずを食べる程度、大食いと言うほどではなかった。空を飛び毎日太平洋上空を飛行する。だいたい三百メートル位の龍に姿を変えるのに、食事は至って普通だ。どういうことかと聞いたら、

「僕も分からない」

 と抜かした。 

 革のパンツに分かり易く伝説のロックミュージシャンの顔のついたロックティーシャツを着た、男が台所に入って来た。

「お帰り、りゅうば」

 辰麿が親気に言うので釣られて、言った。 

「りょうまさん、お帰り」

 彼は青龍の二百四十余りいる眷属の頂点で、青龍の父が母を護るために、生み出した天空を飛ぶ馬なのだそう。青龍よりちょっと年上で、兄貴のような家来なのだって。高円寺のマンションに住んでいて音楽活動もしているとう、分かり易いロッカーだった。見た目が厳つい格好なのに寡黙だ。

「御寮人様、私の名前は字が坂本竜馬と同じ、龍馬ですが、『りゅうば』と読みます。間違えないでね」

 というと、同じダイニングテーブルに着いた。何処からともなく現れた先程の奥女中が、同じハンバーグを用意する。ごく自然に小手毬の隣で食べ出したのだった。

 小手毬は幽霊とか妖怪が「見える」霊視が出来る人間ではない。薬学部を目指してバリバリの理系人間だったし、藝大の雅楽専攻に進学した今もそう思っている。妖怪などまったく信じていない。そういうものは人間が心の安寧を得るために脳が見せる幻影だと考えていた筈だった。

 辰麿に龍であると打ち明けられ、ちょっとずんぐりむっくりな残念な若い男の身体を、一瞬に、小手毬も目を疑うほどの、若い逞しい龍に変え、宝石のような美しい鱗を纏った姿をはじめて見た時は、妙に納得してしまった。でも自分が妖怪達に傅かれて暮らすとは考えもしなかった。

 式を挙げ、不老不死の龍の奥方になったことで、今まで人間だと思っていた人が、神様とか妖怪が変身したものだったのか知った。挙式後わずか数日で人間か人間ならざる者か直感で分かるようになった。神社の近く地下鉄の駅の商店街を行き交う人や、働いている人間の振りをした妖怪を見分けることが出来るようになった。辰麿は身分の高い神獣なので、向こう方から声を掛けて来たり分かり易いサインを出してくれる事もあるのだが、妖怪であるかどうか、更に辰麿の眷属であるかどうか一目で分かるようになったのだった。

 龍神社の後ろにある、妖怪の住処「幽世」について、一通り辰麿の眷属である、龍馬さんに案内してもらった。「現世」から見ると「幽世」は竹藪が急峻の崖に生えているだけだった。「幽世」は広く、神社の後ろにある巨大な龍御殿の他に、竹林の中に多くの眷属達の家やら、旅行中の神・妖が宿泊するレトロな洋館が数棟、崖のとっつきの東京の街が望めるあの世の世界で「客殿」と呼ばれる東屋がありと、人間が思いつかない程広かった。

 小手毬は「龍会議」翌日の朝、一人で幽世を探検してみた。その日は登校のため御殿を出るのが遅かったし、起きたら辰麿は三枚重ねの布団の中で、まだグースか寝ていたので、一人で抜け出したのだ。

 式台付きの玄関を、いつもは横脇の壁の木の引き戸の中の履物部屋から、社務所に抜け、現世に行くだが、唐破風のついた玄関の引き戸を開けた。朝のすがすがしい空気は少し開放的だ。小手毬は竹林の中に入り込んだ。冒険心がわくわくする。

 龍御殿の広間側の縁の外は少し広場のようになっていた。小手毬はまるで広間の奥にある御簾の中を礼拝するようになっているのかと思った。あの中で日常生活を送っているし、几帳で仕切られた中に寝室もある。龍は偉いので、崇拝されるのかと思うと、少し不気味だった。

 その広場の近い方は、ホテルとして使われている、大正時代風の古い洋館の平屋が幾つかある。中から滞在者だろうか外国語の鼻歌が洩れる。洋風なのはそこだけで、あとは白壁も眩しい武家屋敷、藁葺き屋根の田舎家は開放的で、外から中が丸見え。家の中では日本髪を結った狸が、朝食の用意をしている。よく見ると子供も大人も江戸時代さながらに着物の一家が膳に載せているのは、商店街の手作りパン屋のロールパンだ。

 幽世の住宅で一番多いのは、江戸時代の町人の住宅だった。白木もかぐわしい下見板の粋な家だった。宵っ張りの妖怪の住宅地らしく、幽世は静かに眠りに付いていた。竹林の中で誰にも会うことなく崖の方へ歩く。崖の上の見晴らし良い所に、客殿と言われる東屋があった。しっかりとした建物で、瓦屋根に高床、高欄を回した伝統工法の建物は四方の壁がなく、吹き晒しだった。

 客殿のすぐ先は崖の上で、ここが突っつきだった。竹藪が終わり視界が開けた所で、東京スカイツリーや下町が望めた。しばらく東京の下町をぼーと眺めていた。昨日大学の帰りに靴を買いに行った上野のファッションビルが見える。

「御寮人様、お早いですね。鈴木です」

 何処から湧いて出たのか、神社での結婚式の時、いや龍神社で何かある時、龍神社の法被を着て、境内の整備をする初老の男が、突然現れた。辰麿や氏子総代の馬場君の祖父に確かに鈴木さんと呼ばれていた人物だった。

「あのう、いつもお祭りのお手伝いをしている人ですよね」

「驚かれましたか、わっしは青龍様の眷属で、これでも手先が器用な方で、青龍様が欲しい機械を作ったり、神社の下働きとかをしています」

 鈴木さんが何処からか沸いて出たので聞いてみた。この幽世を利用する、妖怪や眷属は、龍神社の社務所の隣に建っている倉庫の傍の植え込みか、竹藪の崖が切れる下の谷から妖怪は出入りするのだと教えてくれた。よく見ると崖の下に続く急な下りの小道があった。谷の下には何の変哲もない民家が見えたのだった。


前話 第五話 龍の婚姻③

https://note.com/edomurasaki/n/n77a6e3fba12e

つづき 第六話 日曜日なので地獄に行ってみた②

https://note.com/edomurasaki/n/n49f4f47038c0

東京に住む龍・マガジン

https://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5

一話  僕結婚します

https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e

二話 龍の恋人

https://note.mu/edomurasaki/n/ne5619c280d37


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この小説について


「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。でも書くのは大変です。

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