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恋人

 たとえば、私は君と一緒に映画を見に行くことが出来る。何も予定がない平日、お昼ごろにふらっと、がら空きの映画館で大して興味もない流行りの恋愛映画を見て、その映画の内容がまあ可もなく不可もなくというか、どこかで見たことのあるような話の焼き直しみたいなもので、お互いなんともビミョーな気分になることが出来る。……とりあえず出ようか、なんて食べ残したポップコーンをつまみながら人通りの少ない道をあてどなく歩く。その内、ぽつりぽつりと映画の感想を言い始め、何だかんだと盛り上がり、もう少し話そうかと道中で見つけた小さな喫茶店に入る。
 熱いおしぼりと冷えたお水を運んできた店員さんに、私はアイスコーヒーを、苦いコーヒーが飲めない君はソーダフロートを頼む。シュワシュワと弾ける緑の海に浮かんだ白い島と赤い宝石に目を輝かせる君のその表情を見て、ああ、こういう子供っぽいところあるんだよな、とニヤけそうな表情をごまかすように「それで、さっきの続きなんだけど」と口を開く。やいのやいのと話し込み、映画の話から始まって、私の実家の猫が最近子供を産んだ話になった頃には、もういい時間になっている。……そろそろ出ようか、なんて帰り際に買ったおおきなクッキーにかじりつきながら、手をつないで君の家に帰る。
 シャワーを浴びてさっぱりして、ソファで一息ついた時に、そういえば夕飯の買い出しをまったく忘れていたことに気づいて、二人で声を合わせて笑う。
「今からどこか食べに行く?」
「んー、でも、もうお風呂も入っちゃったし」
 結局ファストフードの出前を頼んで、「高くついちゃったね」なんて、また笑う。きっとこの後、私と君は、見つめ合って、抱き合って、キスをして、セックスをする。
 つまり。私は。
 私はきっと、いわゆる「恋人らしいこと」を、君に、おそらく思いつく限りぜんぶしてあげられる。君を想う情があって、それはきっと愛という行為になる。

「でも、私がもしいつか、あなたの知らない男の人と一緒になっても、きっとあなたは泣いてくれないでしょう」
 そう言って彼女の方を見ると、困ったように笑うので、私はその顔を見たくなくて、彼女をちょっと強引に抱き寄せる。
「怒った?」
 なんて、まるで駄々をこねる子供をあやすように言うので、私は答えるかわりに彼女の唇にキスをする。
 きっとこの後、私と彼女はセックスをする。私は、きっと彼女も、それを悪くないと思ってしまっている。
 だから私たちは、恋人になれない。

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