エドガワハナコ

都内の小さな会社で事務をやっています。愛犬と小説、コーヒーを飲みながらドーナツやクッキ…

エドガワハナコ

都内の小さな会社で事務をやっています。愛犬と小説、コーヒーを飲みながらドーナツやクッキーを食べるのが好きです。定期的に小説を投稿してみたいと思っています。Twitter→https://twitter.com/edghnk

最近の記事

ボール遊びの絵・フェリックス・ヴァロットン

ポストカードは義母から届いた荷物の中に入っていた。美術館でよくみかける絵画のもので、表にはいつもどおり、達筆で季節の挨拶と、送るものについての説明と、夫と私を気にかけてくれる言葉が書かれている。 その絵は、屋外の景色を斜め上から見下ろす構図になっている。日が当たる場所があり、子供が画面の真ん中あたりを左から右奥に向かって走る姿があり、先に赤いボールがある。子供は麦わら帽子を被り、白い服を着て、茶色いブーツを履いている。いわゆる良い家柄の子供なのだろう。少女か少年かどちらかは

    • 小説・うちの犬のきもち(22)・犬

      膝に犬を乗せている。いつも左腕を枕にされて、犬の鼻息があたる。膝の上は重さも暖かい。それは幸せなことだ。犬の頭に口をつける。犬が顔を上げて、わたしの顔をぺろりと、挨拶のように舐める。それからため息みたいな鼻息をして左腕のまくらに頭を戻す。 三十分くらいすると犬は膝から降りて一度のびをして、隣に座りなおし、顎を膝に乗せてくる。上目遣いでちらりとこちらを見るので、犬の身体をなでる。犬は満足そうに体重を預けてくる。 土曜日はいつもより一時間遅く起きて、散歩に行って、人間が掃除や

      • 小説・うちの犬のきもち(21)・ぼくの仕事

        ハル君の家で話したことを、ママンに話した。 ママンはちょっと首をかしげていた。すぐには分からなくても、ママンはいつか分かってくれるはずだ。これまでもぼくの訴えを、分かってくれてきた。すぐには分からなくて、少し時間がかかることもある。それは10分後のこともあれば、数週間後、数ヶ月後なんてこともある。 たとえば、ぼくが大きくて元気のよい犬が苦手なことなんかはなかなか分かってくれなかった。大きな犬がぼくに興味をもって近づいてくると、挨拶できるかな、とかなんとか猫なで声で言ってぼ

        • 小説・うちの犬のきもち(20)・仕事論

          「ハル君、この前、ぼくの仕事って、何かなって考えたんだ。最初は、パトロールとか、遊んだり食べたり寝たりすることだと思ったんだよね。え、それだけって、思うでしょ? ことばにするとそれだけのことかもしれないけど、ことばにならないこともたくさんあるんじゃないかな、って考えたんだよ。 人間の仕事は誰かに認めてもらってお金をもらうとか、お金をもらわなくても誰かの助けになっているとか、ただ自分のための作業であっても、何かしらの行為であって、ことばで説明できる動きがあって初めて仕事って呼

        ボール遊びの絵・フェリックス・ヴァロットン

          小説・うちの犬のきもち(19)・仕事

          ママンは会社で働いてお金をもらわないと生きていけないみたいな言い方をする。ママンの現実はそうなのだと思う。休日出勤したり家に仕事を持ち帰るママンに不平不満を言うと、パパンが、しーちゃん、ママンがこうやって頑張っているから、しーちゃんも美味しいごはんが食べられるんだよ、とか言う。そういうのを「昭和」って言うらしい。ハル君に聞いた。 パパンが言うことは、パパンの本心でもなければ、ママンの本心でもない。パパンは、ママンが本当はちゃんと休みたいのに、うまく出来ていないと悩んでいるの

          小説・うちの犬のきもち(19)・仕事

          小説・うちの犬のきもち(18)・不在

          河川敷の鳥の鳴き声に、きょうはかっこうが混じっていた。「かっこう」、「ギョエーっ」と鳴くキジ、「ホーロロロケキョケキョ」はウグイスかな。いつもの週末の夕方の散歩。河川敷のグラウンドでは、いつものようにサッカーだとか野球だとかやっている、きょうは、めずらしくクリケットというスポーツをやっていた。拡声器で長々と挨拶と表彰をしているのか、みんなときどき歓声をあげていた。日本語ではなく、どこかの国の言葉だ。 それを、パパンが真似しようとして「まーらたたたた」とか言って、ママンが「違

          小説・うちの犬のきもち(18)・不在

          小説・うちの犬のきもち(17)・旅行

          庭のバラの花は、なんという種類か知らないけれど、薄いピンクで、外側の花びらは白く、一枚一枚の花びらの形が丸くて、たくさん花びらがあって、花ぜんたいも丸っこい。もっさり咲いて(というのは情緒を知らないママンの言葉)、近所の人が声をかけていく。 「きれいなバラですね」散歩中のおじいさんがバラを見て立ち止まり、庭の手入れをしているうちのおばあちゃんの姿に言う。 「ありがとうございます」 「写真撮っても良いですか?」 「もちろん。どうぞどうぞ」 「あ、どうやって撮るんだろ。ん? む?

          小説・うちの犬のきもち(17)・旅行

          小説・うちの犬のきもち(16)・母の日

          もうすぐ母の日なのだそうだ。 外は雨で、ぼくは散歩に行けずに自宅警備をしている。窓の外の様子を眺める。おばあちゃんが手入れをする庭は、今日は雨に濡れた土の匂いがして、庭の花も葉も土も植木鉢もどうやら喜んでいるようだ。 雨も悪くない。好きではないけど。 この季節は、空気が湿って、気温が高くなる。晴れの日は夏みたいに暑くなり、雨の日はじめっとしている。雨が多いと散歩も短くなる。雨の切れ目には、近所の犬たちみんな同じタイミングで散歩に出るから、たくさんの友だちに会う。 飼い主

          小説・うちの犬のきもち(16)・母の日

          小説・うちの犬のきもち(15)・犬を飼うこと

          ゴールデン・ウィークに入ったというのに、ママンは家でお仕事をする。家事の空き時間に仕事をしようとするから、朝起きて一時間、ぼくと散歩に行って掃除や洗濯を済ませ、朝ご飯の後に一時間半、買い物から帰ってきて三十分、お昼ご飯の後に一時間、という具合に細切れ時間にしかできずに、捗らず、終わらせようと思っていた仕事が終わらなかったりするみたいだし、チーム全体で対応するためにだれかに連絡が必要だったりして、後回しになったり、却って時間がかかるみたいだ。 そういうとき、ママンは終わらなく

          小説・うちの犬のきもち(15)・犬を飼うこと

          小説・うちの犬のきもち(14)・テレビについてのぼやき

          うちのみんな、テレビに釘付けだ。 スコットランドでゴールデンレトリーバーの祭典というのがあるらしく、犬と飼い主たちが楽しく踊っているらしい。それから日本の女優さんが現地のブリーダーさんの家を訪れる。人懐っこいゴールデンレトリーバーが女優さんにおもちゃを見せびらかせにくる。そのおうちは、とてもステキなところで、広い庭と、牧場みたいに広い裏庭がある。家の中も、庭も、手入れが行き届いているんだそうだ。女優さんがブリーダーさんとお話する。ブリーダーさんは、必要以上に繁殖させないのだと

          小説・うちの犬のきもち(14)・テレビについてのぼやき

          小説・うちの犬のきもち(13)・努力

          旅行好きのおばあちゃんが、隣の駅の始発電車に乗りたいからと、早朝、パパンとママンと車で隣の駅まで送ることになった。駅でおばあちゃんを見送った後、パパンとママンとぼくは大きな公園まで車で行ってみることにした。 大きな公園は、早朝だからか、ほとんど人がいない。 今日は晴れる予報だけれど、空気はまだ湿っている。暖かくなりそうな予感がする。 桜は半分くらい葉が出ていて、地面には桜の花びらがじゅうたんみたいに積もっている。 ぼくはなんだか楽しくなってずんずん歩いた。 人が少ないから

          小説・うちの犬のきもち(13)・努力

          小説・うちの犬のきもち(12)・桜の季節

          最近のママン、平日の帰りは遅いけど、土曜日と日曜日をちゃんと休んでいる。どういう事情があったのかは知らないけれど、そういうのって悪くないと思う。 だから、金曜の夜、寝る前に、ママンの横でじっと伏せをしてママンを見つめてみる。そうするとママンが「どうしたの、しーちゃん」と聞いて撫でてくれるのだ。撫でてもらったら、ころんとしてお腹を見せて、寝落ちするにまかせる。ママンがスマホをいじったり、文庫本を読んだりしながら撫でているときは、後ろ足でちょいちょいとママンに知らせる。 「ご

          小説・うちの犬のきもち(12)・桜の季節

          小説・うちの犬のきもち(11)・冷戦

          パタンと静かにドアが閉まった。 ママンはひとりで一階に降りていった。 部屋に残ったパパンはひとりでiPadを見ている。 せっかくの土曜日なのに。 冷戦、というやつだ。 パパンとママンの。 きっかけは・・・遡ると、ママンの帰りがずっと遅いし休日出勤もする、ってところだと思う。 …そもそも、二年前からママンが玄関をリフォームしたい、扉も鍵も変えて、ついでに靴箱をもっと大きく使い勝手の良いものにしたいと言っていて、今年の正月に、今年の目標に玄関リフォームと宣言していた。それで

          小説・うちの犬のきもち(11)・冷戦

          小説・うちの犬のきもち(10)・生きていく上でのおおきな問題

          今日は降らない予報だとママンが言うけれど、空気はずいぶんしっとりしている。 「洗濯もの、どうしようかな」 ママンはぼくの後ろでぶつぶつ言っている。朝のお散歩に出る前に洗濯機をスタートさせ、帰ったら干す予定なのだ。 「外に干すべきか、室内に干すべきか・・・外か内か、それが問題だ、うーむ」 ママンにとってのおおきな問題みたいだ。 おおきな問題、っていうと、おおきな使命を背負った主人公みたいだ。解決しなければならない難しいこととか、うまく対処しなければならない重要なことを

          小説・うちの犬のきもち(10)・生きていく上でのおおきな問題

          小説・うちの犬のきもち(9)・もしも・・・

          きょうはひとりでお留守番。 天気が良いから、土手の方に散歩に行ってみることにする。 家の鍵をかけて、元気よく土手に向かう。横断歩道をてくてく歩く。 「あら、しーちゃん、こんにちは」山田さんちの前を通るとき、ちょうど庭の手入れをしていた山田さんに声をかけられた。 「あ、こんにちは。良い天気ですね」窓の内側に山田さんちの柴犬さんとチワワさんがいて、ふたりともスッと起き上がり姿勢を正した。 「ほんとねぇ。晴れて良かったわ。今日はひとりなの?」 「はい」 「そう、じゃあ気をつけて、お

          小説・うちの犬のきもち(9)・もしも・・・

          小説・うちの犬のきもち(8)・皇帝のこと

          すっかり春だと思ったら、寒い日に戻る。ぽつりぽつりと咲いた土手の菜の花の黄色は、まだ迷っている。そういうのがくり返されて春になるんだよ、とパパンは説明した。何度目かのすっかり春と思える日だった。夕方のお散歩。この時間は、のんびりした空気が流れている。土手を散歩しているのは、老人か、犬を連れた老人か、外国から働きに来ているらしい若い人たち。彼らは数人で連れだってママチャリに乗って楽しそうにおしゃべりし、グラウンドに勢いよく降りてサッカーをする。 ぶへえくっしゅ!  ぶへっくし

          小説・うちの犬のきもち(8)・皇帝のこと