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小説・うちの犬のきもち(21)・ぼくの仕事

ハル君の家で話したことを、ママンに話した。

ママンはちょっと首をかしげていた。すぐには分からなくても、ママンはいつか分かってくれるはずだ。これまでもぼくの訴えを、分かってくれてきた。すぐには分からなくて、少し時間がかかることもある。それは10分後のこともあれば、数週間後、数ヶ月後なんてこともある。

たとえば、ぼくが大きくて元気のよい犬が苦手なことなんかはなかなか分かってくれなかった。大きな犬がぼくに興味をもって近づいてくると、挨拶できるかな、とかなんとか猫なで声で言ってぼくをその犬に近づけた。ぼくが嫌がっているのが分かると、リードを短く持ったり、ぼくの横に跪いて、いつでもぼくをかばえるような体勢になったり、工夫はしたけれど、最終的に、なるべく近づかないとか、飼い主同士だけ挨拶してぼくのことは抱っこするようになるまでは、数年かかった。

ママンはパパンとおばあちゃんに話しだす。
「この間インスタで、見たんだけどーーあなたが犬を選んだのではなく、犬があなたを選んだのですーーっていうの」
「へえ」
「ふうん?」
「いままでしーちゃんをブリーダーさんのところで見つけたのはパパンで、みんなで会いに行って、しーちゃんを迎えることに決めたと思ってきたからね。私たちの希望でしーちゃんを連れてきて、しーちゃんは勝手に連れてこられたのに、ウチを自分の家って思ってくれて、ウチに来てくれてありがとう、って思っていたよ。いや今も思っているけど」
「しーちゃん最初に会ったときママンの膝の上で興奮して走り回ってたね」
「あ、そういえばそうだった」
「かわいかったねー」
「今もかわいいけど」
「ねー」
そう言って三人でぼくをカワイイカワイイと盛り上がる。
「それでね」ママンは路線を戻そうと試みる。「しーちゃんには、うちに来てくれてありがとう、って心から思うよ」
「そりゃね」
「しーちゃん、ありがとう」
「そうなの。しーちゃん、ありがとう。それでね、パパンがブリーダーさんを探してくれたけど、実はその時点で、しーちゃんがパパンを選んでいて、パパンは導かれていたんだよ。おかあさんも私もそう。しーちゃんに会う運命だったの。だからその前から犬を飼いたいってみんなで思っていたし、みんなでペットショップとかブリーダーさんとか保護団体とか調べていたでしょう?」
「犬を飼いたいって気持ちもしーちゃんがテレパシーか何かで操作していたというの?」
「う、ん・・・。テレパシー? そういうことになるかな? うーん、ちょっと違う気もするけど、そうなのかな? しーちゃんが飼い主を選んでいたの」と同じことを言った。ママンはめげずに進める。「だから、しーちゃんがウチを選んだ理由があるんだと思う」
「そういう創作」
「物語作り」
「そうじゃなくて」
「それって安っぽいお涙頂戴ドラマみたいじゃない」
「そういうのママン嫌いじゃなかった? 事実を切り貼りして、適当に繋げて話すの」
「そういうのは嫌いだけど」
「でも、いまそういう風に言ってない?」
「違うの。これはそういうドラマ風じゃなくて、もっと個人的な、っていうか家庭的なこと。しーちゃんは・・・食べるの大好きで何でも食べるし、ウチもみんなそうじゃない」
「食いしん坊で気が合いそうって思った?」
「おばあちゃん料理美味しいしね」

ママンは、ウチには子供がいないから、とか、家族がしーちゃんを中心に出かけたり食事に行くようになって、家の中が明るくなったとか、近所の人との交流が増えた、とか、そう言ってしまうと、憐れっぽくなって嫌だと思ったみたいで、言うのを躊躇っているうちに、その夜、この話はうやむやになった。

食後のデザートに、三人で黒みつときな粉をまぶしたバニラアイスを食べていた。ぼくは特別に、アイスをひとくちもらった。

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