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非美大卒がフリーランスのデザイナーになるまで ③出版業界編

こんにちは! 編集とデザイナー夫婦ののほうです。

前回も、肝心のデザイナーになるところまで到達できなかったので、最終回です。

今回は「出版業界編」。
出版社の編集の仕事から、フリーランスのデザイナーとして独立するまでのお話です。

①学生編、②自動車営業編はこちら。

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出版業界でのキャリアがスタートする

手芸系の作り方本の出版社に
編集として入ることができてからは、
ひとまず「本を作る」という仕事を覚える時期に入ります。

撮影のアシスタントや文章の執筆、スケジュール管理、デザイナーやイラストレーターの手配、作図……

仕事なのでもちろん大変なことは多かったですが、
基本的には「作る」という行為に絡む仕事だったので、今となってはすべてが勉強、すべてが財産となる経験でした。

(いや、当時は毎日ツライツライと文句たれてたけど)

しかし、自動車営業時代に見出した
「同じ大変なら好きなほう」の法則
この後もずっと私を支え続け

編集よりも、
絵を描いたりデザインやレイアウト
(俗に言うDTP、DeskTop Publishingの略)が好きだわ

という結論に達するのに要した時間は、
ここでも約一年半。

次の転職準備が始まります。

「習うより慣れろ」で全集中・全吸収

どうやったらそういう仕事ができるのか……

そう考えて入れた次の会社は、
編集も制作も一人でぜーんぶやらなきゃいけない
という旅行誌を作る過酷な編プロでした。

でもこれは(根明な私には)
とても好都合な環境で。

(いや、当時は毎日ツライツライと文句たれて以下略)

情報量がみっちりの旅行誌を年間5〜6冊
スケジュール管理から台割作成、撮影やライティング手配、店舗への掲載確認、文章執筆、デザイン、DTP、ディレクション………

すべてをがむしゃらに叩き込むことができた場所でした。

自動車販売会社でも、
前の出版社でも言えることですが、考えてみると
給与をいただきながら勉強するようなものです。

人生はひとつも無駄なことがないんだなあ(根明)。


そうして「仕事」という意味での
自分探しの旅にようやく何らかの決着がつきそう
20代後半のころ、今度は身体を壊しました……

正確にはずっと子宮筋腫による影響で、
前職から生理痛や経血量が半端じゃなく、
その状況がここにきて極まったという感じです。

個人差はあれど、面倒な女性の身体

この生理や子宮筋腫については
別の機会に詳しく触れたいと思いますが、
とにかく会社へ行き来することも難しくなりました。

40分程度の電車時間も、
途中下車してトイレに行かないと漏れてしまうとか。
痛み止めが効かず、
毎月会社を早退して気絶するように眠りにつく……
などなど

この頃から、
女性の身体と生活・仕事の両立に悩み始めます。

とてもこのままでは仕事を続けられそうにない。

でもいつかは子どもがほしいと思うと、
(子宮を取ることが根治治療である)子宮筋腫とは
もう少しお付き合いしなくてはいけない。

そもそも子どもがいてこの仕事を続けられるのか?

(当時の印象では)
出版業界は子どもがいる人も稀だし、
そもそも結婚している人も少なくないか⁉️

もちろんその悩みの中に、
夫との結婚のこともありました。
ずっと好きで付き合っていましたが、
私の結婚願望と夫のそれは噛み合っていなかったのか
タイミングがわからなかった。

そしてここでも皮肉にも約一年半。

何を思ったか会社を辞めて、
フリーランスになった
のです。

いろいろ考えたら、もうフリーランスしかなかった

もう何の見通しもなかったのですが、アレです。

「同じ大変なら好きなほう」の法則です。
具体的には

・好きな「制作」だけに絞りたい
 →本作りの工程すべてに関わるのはキャパ的に厳しいし編集は嫌いなので
・生理のとき、トイレにすぐ行ける家で仕事したい
→ 超吸収のタンポンを使っても、もはやオムツ型のナプキンにしても、あるいは月経カップを使用しても(!)ひどいときは20分に1度トイレに行かなきゃいけなかったので
・生理のときは、PCの後ろに布団敷いとく
 → 
つらかったら倒れこみたいので
・結婚しても家事などをやりながら仕事もしたい
・家でなら、なんなら子供を抱っこしながらでも仕事できそう
(←これはたぶん無理)

若干後ろ向きな理由が多いけど、
当時は精一杯前向きに考えた結果で、
すべてを叶えうる一番の働き方。

それがフリーランスでした。

実際には
今までいた出版社や編プロから仕事をもらったり、
当時夫が勤め始めていた出版社に紹介してもらって
仕事をもらったり……

周りに支えられてのスタートでしたが、
そんなこんなで“好きなこと”を細分化し、
その時々の状況に対応していったら
結果的にデザイナーという仕事に就いていた
というわけです。

ざっくりとここまでの自分の思考を
マップに起こしてみました。
大変なカオスマップになりました……

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その後は自分でも
出版関連イベントにブースを出展して営業をしたり、
今までの関係性が続いて、
前職や出版社から長くお仕事をもらえたり
という状況を続けられ、軌道に乗ったころ
開業届を出して個人事業主として独立できました。

夫と結婚したのは、ここから約一年後のお話。

よくこんな不安定な働き方とムラのある性格の私を
めとってくれた(言い方が古い)
と思います、感謝。

好きな仕事を探すより、“何が好きなのか”から探そう

そしてなんだかんだでそれから8年近く。

どのキャリアよりもフリーランスが長いということは、向いていたということなのでしょうか。
(フリーランスを続けるにあたっては、続けるための知識や、準備や、やるべきことがたくさんありますので、これもいずれご紹介できればと思います。)

好きな仕事を探すのは難しいけど、
好きなことを自覚して続けようと試行錯誤する
のは
案外、今の時代には大切なマインドかもしれませんね。

そして学生時代の自分に、
今はこう言ってあげたいです。

好きな仕事も、好きなことも、
無理やり探さなくてもいい。
なんとかなるし、なんとかする。

もちろん
好きなことを仕事にできたら理想的ですが、
急にそこに到達できる人は
そんなに多くないないのではないでしょうか。
(そうでもないのかな?)
そもそも自分が何が好きなのかもよくわからない、
ということも多いのではないでしょうか。

私の場合それは
“つらい時でも、無意識に続いていたもの”でした。
なんならそれは食べることとか、
些細なことでもいいのかもしれません。

いつでも自分が目を背けなさそうな、
気づいたら側にあったものや
足元に転がっていそうな出来事こそが、
何か次の道に繋がるのかもしれない

振り返ってみて思うのでした!

あと、地味にカオスマップを描いてみるのも
オススメかもしれません。

自分の思考が整理されました。

そして無意識に丸の大きさと比例して、
自分の中での重要度が垣間見えた
ような気がして
びっくりしています。
(今の仕事よりも車の営業の丸が大きいとか、お金と家事の比率がけっこうあるとか……え、そうなの? と問いたいw)。

あと嫌いなものは、
そこまでたくさんはないのかもしれない
と気付いたり……(くどいようだけど根明)

非美大卒の私が、
どのようにフリーランスのデザイナーになったかのお話はここまで。

最後まで読んでくださった方々、
ありがとうございます。

デザイナーになってからのことや、
妊活、子宮筋腫、手術、新たな就職のお話は、
またどこかでしたいと思います。

いや〜、自分の棚卸しは疲れるな!

長くなりました、それでは!

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