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私の髪とこころに触れるあのひとのこと

この人すごい人じゃないの。

なんだか圧倒されてしまった。
彼はもう半年近く、私の髪を扱ってくれている人だ。もう若くない私にとっては人に髪を触らせるだなんてそうそうしたくないもので、それを恥ずかしいと思わずにいさせてくれるのは、おそらく世界中で彼ただひとり。

見た目がちょっとロックなだけにおそらく勘違いされてしまうこともあるような気もするのだけれど、ものすごく丁寧で語り口が穏やかで、こちらを伺うようにじっと見つめる仕草にいつの間にか惹かれてしまった。だって、椅子からシャワー台に移動するのに手を差し伸べてくれる美容師なんて今まで何人いただろうか。そんな人、悪い人なわけがない。

私は彼のことをすぐに気に入り、恋心と似て非なるその感情のことがとても嬉しかった。

彼とは月に一度二時間だけ。ただそれだけの時間に心を動かされてしまうということを私は楽しみにしていて、よく知らないからこそ話せることがある。

この日は仕事仲間とのやりとりに入ろうとしない自分に少し嫌気がさしていて、俯瞰している気になっている自分の気持ちにもイライラしていた。
子供の頃から大人数の中で主張するのが苦手な私は、個人間で胸に募る思いを話すのが好きなくせに自分にスポットが当たるのはものすごく怖いのだ。そのくせ無視されるのもものすごく怖い。だから、こういうときは邪魔にならないように俯瞰する癖がついているのだ。

このなんとなく鬱陶しい話をわざわざ彼にする気はないのだけれど、おそらく誰かから信頼されていると感じられることが今の私には必要で、彼と話すだけでそれは満たされるのだということを知っていた。

その日、圧倒されたのは彼の輝かしい経歴の数々。
名残惜しい程度におしゃべりを満喫してからふとインスタグラムで見た彼は、美容師なら誰もが憧れる姿そのもの。
あぁ、彼は自分の過去の栄光については全く語らないくせに、こんなにも経歴がある人だったのだ。それでいて心は遙か遠くを見ていたり、別のことに夢中になりたがっている。
彼は伸びやかで、なんだか自分の感情にものすごく自由で、それを一生懸命しているようには見えないのだ。何というかあぁ、好きだなぁ。

それは、今まで生きてきた上でやるべきことをちゃんとやってきたからなのかもしれない。
なんだか今の私には羨ましくもあり、憧れる生き方で、おそらく彼にとっては当たり前のことなのだ。私がそれを難しくしている。そう、たぶんただそれだけ。


こんなにもよく知らないのに心から信頼するこの天使とは、また来月になれば今日の続きをお喋りする。
少しだけ、このひと月はいつもより正直にいられるようにと願って私は彼に手を振った。

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