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家族で初めて大学進学した女子だった私

"「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由"

田舎から東大に行った方のゲンダイの記事が話題になっています。どうやら事実とは微妙に食い違っているらしい田舎の描写にも突っ込みどころが満載なのですが、こちらの記事とは別の観点で、私自身が都会で格差を感じずにはいられなかった幾つかの出来事と、その私の後の進路を書き記しておきたいと思います。

あくまで私個人の体験ですが、今後地方から大学進学する高校生の何人かにとって、地元環境をどう捉えるかのヒントになってほしいと思い、忘備録のつもりで書きました。

家庭で最初に大学に進学する世代

地方か首都圏かは置いておいて、まず記事中で気になったのが、筆者が彼の家庭で大学に進学する一番最初の世代だった、という事。

私の世代の地方の高校生には、やはり「家族の中で大学進学する最初の世代」が非常に多かったのです。NYタイムズのこちらの記事の冒頭にあるように「志願書の書き方を親に相談できない」「大学で困った事があったとしても親に電話をして適切なアドバイスを求める、という事ができない」という時点で、すでに低いとはいえちょっとしたハードルがある、これはアメリカでも同じなようです。

記事中にもあるように、親に頼れない分一人でこなさなくてはいけない最初の大学世代の挑戦は、親も祖父も大卒だという人たちと比べるとハードルが高い。自分で調べた情報や友人に影響される部分があるにせよ、高校の進学指導教諭の意見に頼らなくてはいけなのですが、こうなると指導教諭の意見に左右される部分がかなり大きくなります。

大卒の親と大学に進学する子供は同じ社会に属する同士です。が大学に行っていない親の子供は開拓者です。

指導教諭は、有名校合格率を他校と競い結果を出さないといけないので、どうしても志望校を有名校に絞るような傾向のアドバイスになると思います。対して、子供の頃から自分自身の特性を知り、実生活を知り、周りには明かさない部分を熟知している親は、進路指導の教諭とは違うアドバイスをしてくると思います。両方の意見を咀嚼し、親に後押しされて進路を決める子と比べると、手探りで未知の分野に進む子にはストレスも多いのが現状だと思います。

実は「家族初の大学進学者」の末路は悲惨だった

「家族で最初に大学進学した女子」と言っていますが、正確にいえば年上の従姉妹は皆同じ進学校に進み大学に進学していたので、大学に行く事に関して家族から反対はなかった…

とここまで書いて思い出したことがあります。

実は我が家には、昭和初期に東京の、しかも医学部に進んだ秀才がいました。この人についてはあまりにも家族の黒歴史なので、あまり語る人はおらず、酒の席で祖父から伝え聞いたのみです。

祖父や母から伝え聞いた話はこうでした:地元の尋常中学校(現磐城高校か)で抜きん出るほどの秀才が我が家から出た。それが祖父の叔父に当たる人であった。農地解放で昔ながらの土地持ちが困窮していった時代。身内の賭け事などで没落しかかっていた我が家にとっては、彼を東京に送る事は一発逆転のチャンスであった。

が、大金をつぎ込み彼を医学部に送るも、数年で彼は落ちこぼれ、お金を浪費し、あまつさえ梅毒を移されて正気を失って帰ってきた。さらに没落した我が家に追い打ちをかけるがごとく、東京よりある女性が「おたくの息子さんの子です」と赤ん坊を連れてやってきたのである。が、我が家にはお金がない事がわかるやいなや、彼女は踵を返して東京に戻ってしまった。

おそらく、田舎の秀才の彼は「大学進学の最初の世代の苦しみ、孤独、都会人との格差と劣等感」をもろにかぶってしまったのでしょう。その事もあり、我が家には「知性、向上心、高等教育に対する懐疑、都会への恐怖心」など都会に対するフォビアが長年こびりついていました。

その後の彼に関して祖父は「蒸発したんじゃなかったかな」と言いました。祖父もまだ当時は子供だったので、詳しくは覚えていないのは仕方ないとして、あまり長生きはしなかったようでした。

その後、我が家には経済的に(精神的にも)立ち直るまでに数十年を要するという散々な運命が待ち受けていました。それとは別に、ひょっとして同じ血を受け継ぐ人が、東京のどこかにいるかもしれないと思うとそれはそれで感慨深いものがあります。

「石田衣良の本棚」に遭遇した日

東京の子達は遊び方が違う。地方の子達はお金がない。実家が貧乏だから、ではなく(そうなら最初から首都圏の大学には送らない)、仕送りとバイト代で生活をやりくりしないといけない地方の子は、すでにサポート体制が整っている東京の生徒に比べるとサポート体制がお粗末な場合が少なくない。

一つ、都会の子が「違う」ともっとも印象深く感じた例を、一つ挙げたいと思います(こういうケースは都会でもある意味レアだと思いますが)。

ある時、当時付き合っていた東京人の彼の幼馴染が開いたパーティーに呼ばれていきました。パーティーには若いデザイナー、作家、DJ、音楽家、芸術家が集まり、現代的な音楽がかかっていました(後で知ったことだがDJはパーティーホストの兄だとの事)。

そこはある分野の先駆者と言われた大学教授のお宅で、書斎には壁一面の本棚が建てつけられていました。それがふた部屋にも及び、天井までびっしりと本が詰まっているので、梯子がついている。

今でこそIKEAで普通に見られる家具ですが、当時そんなものが家にあるのは石田衣良くらいだと思っていたのです。

冷蔵庫には舶来の食べ物が入ってて、いろんな不思議なものが出てくる。カルディで買ったものでも伊勢丹の食品売り場で買ったものでもなく、「母がイタリア出張で買ったもの」。

田舎には「イタリア出張をする母」の存在は無に等しい。

まるで息をするように一流大学に進学する都会人

彼の親だけでなく、その父親は文壇の権威で知られた大学教授で、彼の幼馴染も東京の超有名大学に籍を置いていました。こうした層の人たちにとって、大学に行くことは今まで自分の生きてきた場所を後にする事でもない。孤軍奮闘のパイオニアになる事でもないのです。

まるで息をするように一流大学に進学しているんです。

見た目だけなら、誰でも華やかにできる。勉学で勝つ事だってできる。が、華麗な生まれ育ちや洗練はどんなに見た目を変えたところで、得られるものではなく、勉学で勝ったところで即座に粋人になれるわけではないのです。

彼は「あいつ受験の間も遊んでばっかりいたくせに、いい大学行って美人にちやほやされやがって」とジョークにしていました。私は彼の言葉を全部本気に取ったわけではありません。見えない努力もしていたんでは、と思います。

だけど、粋な遊び人のような顔をしてするっと一流大学に入学が許される高校生は、少なくとも私は田舎では見た事がない。まして努力がにじみ出る秀才はいても、おしゃれで秀才で家柄もいい人など指折り数えるほどしかいないと思います。

人生に迷ったら、プライオリティを決める

東京では学生時代、社会人時代を含めて8年暮らしました。卒業後は生活と創作活動と展覧会で忙しい毎日が続きました。

ある時点でそうした暮らしにも限界を感じ始め、創作活動に区切りをつけたいと思い以前から希望していた研究助成に申し込むことに決め、それならお金のかかる都会の一人暮らしは切り上げようと決めて、実家に戻り再就職をしました。

その当時書いていたのは<芸術活動をとりまく環境と健康維持の重要性>に関する論文で、主な研究目的は無毒版画技法の調査でした。論文を読んで相談に乗ってくれたのは大学の先生ではなく、高校時代懇意にしていたいわき市の地元美術館の学芸員でした。田舎から研究助成に申し込みする人間は少ないので、協力体制は強力でした。ポートフォリオ用の作品制作の場まで提供してもらいました。

90年代はすでに田舎でもネットが使える時代、論文作成も申し込みも、都会にいた頃とは比較にならないスピードで進み、図書館、美術館のリソースも使い放題。上京するのは月一度飯田橋のブリティッシュカウンシルに試験や情報収集に行く時だけ。

帰郷してすぐにイギリスの大学二箇所からオファーをもらい、さらに二箇所の助成の申し込み申請が受理され、自力で英国に研修に行ける事が確定したのです。多分田舎に戻らなかったら、自分の希望は実現できなかったと思います。

自分が欲しているものを見つけた時にさっさと行動を起こす機動力の方が、私に取っては都会の生活にしがみつくよりもずっと重要な事でした。

田舎者のダサさは挑戦の証

地方から大学進学する最初の世代には、自分の環境から飛び出さなくては前に進めないという人生のハードルが、思うに都会で大学の学位を持っている親元にいる子達よりも早く訪れます。その姿はみっともなく見えるものです。何に挑戦しなくてもいい人には、そうした努力は格好悪く見えるものなのです

なので、田舎者のダサさとは、挑戦の証なのです。

高校の時点で地元で吸収できるリソースを使い尽くし、都市部に進学する。そこであたらに見つけた目標を実現できる場所を探し海外に行き着く。こうした段階を踏んだという点では記事の筆者と同じだったと思います。

新しく吸収した事を咀嚼し、もがいても、常に上には上がいて、頂点には立てない。到達したいと思った高みにはいけなった悔しさ。そういう事は新しい事に挑んだ人間殆どに起こりうる事ではないでしょうか。

その時点で故郷のリソースの少なさは、確かに高校時代に抜きん出た学力のあった方にとっては歯がゆいものだったでしょうが、大部分にとっては足りているのです。そして私のように本の虫ではあるけど同じ本を何十回と読む人間にとっては、莫大なリソースをはおそらく活かしきれなかったと思います。

それに都会から田舎に戻ると、逆に洋書でも画集でも借りる人が少ないためにすぐに手に入る事に気がつきました。当時、目黒区の図書館は欲しい本はいつも誰かとの競合のようだと感じました。田舎だからこそ利用者が少なくすぐ手に入るものも多いのです。

ないものは欲しがりすぎて、自分を潰してしまわない

私は私と同じように田舎者で家族から大学に初めて行った世代の夫と結婚しています。夫はいつも「自分より才能がある人間は明らかにいる。持っていないものを欲しがっても仕方ない」と言います。ないものをやたら欲しがらない、という夫といるうちに、いつの間にか私も欲しがるのをやめてしまいました。

夫は怠惰な人間ではありません。20代後半で博士号も取得し、30歳になる頃にはすでにメジャーな雑誌に論文を投稿し、特許も数件取得しており、心から自分の仕事を愛する人です。

この生き方が正しいというのではありませんが、意識を高く持つ事と、自分の経歴に箔をつけたり他人より高いところから人を見下そうと必死な生き方とは、別なものだと思います。名誉を追い、コンプレックスに付きまとわれる生き方を、したくないと思う人もいるのではないでしょうか。

格差は一生続いていくけれど…

「環境も含めて実力」という趣旨のメンションをある方からいただいたけれども、持って生まれるものは全て運に左右されるのです。とはいえ、環境に自分の問題要因の責任を押し付けるのでは、自分自身の人生が台無しになるように思います。優秀で成功している人は、素直に賞賛すればいいと思います。洗練は楽しめばいいのです。それを自分のものにしたいと思えば思うほど、自分の成果も今持っているものも色褪せてくるのです。

正直格差は永遠に続きます。ある意味今でも続いています。でも自分がその場その場でできる事を精一杯やっているうちに、いつの間にかなりたい自分になっている事に気づくはず。

そして自分が何かを到達できるとしたら、それをいつの日か故郷に還元したい。そういう意識を持つ出身者が多ければ多いほど、その「田舎」は誰かに取って、特に新しい世代に取っては才能を開花しやすい場所になるはず…と少なくとも私は信じています。

注:この記事は実体験を基にしていますが、プライバシー保護の観点から、個人情報の記述には変更を加えてあります。

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ライター、翻訳者、芸術家 エディンバラ在住 武蔵野美術大学、創形美術学校版画学科を卒業後、版画工房に勤務。2001年ポーラ美術振興財団研究助成プログラムで渡英。2002年ロンドン芸術大学ウィンブルドンカレッジ修士コース修了。2003年より英国在住。二児の母。

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#学校教育系記事まとめ
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学校教育について思うこと、そして、新たな学校教育への思いを取り上げていきます。noteクリエイターで、学校教育を創造していく場になれば! * * * 2020年には、大学入試改革に新入試制度となります。センター試験がなくなり、高校現場にはポートフォリオの作成などが求められる。また、小学校で英語が教科化され、道徳、プログラミング教育がスタートします。授業も講義型からインタラクティブなアクティブ・ラーニングへと転換しています。そんな怒涛の変化をウォッチしていくマガジンです。

コメント (6)
コメントありがとうございます。役所に就職されたとのこと、私は立派だと思います。地に足が付いていると思います。それは、華やかな成功よりもずっと大事な事なんですが、いつも皆まだ見ぬ可能性を夢見て、地道な苦労をおそろかにしてしまうんだと思います。鬱と付き合いながら、働く自分を褒めて欲しいと思います。
まだまだ人生長いです。生き延びると何があるかわからないと思います。前に書いたことと矛盾するようですが、みんなどんどん夢を諦めるので、気がついたら続けているのが自分だけ…一人勝ち、という事が起こったりもします。応援してます。
はじめまして。その通りだ、と思いながら拝読しました。わたしも東北の地方都市に住む家庭の the first generation university studentでした。
 BBCのニュースで初めてこの単語を知ったときに、すぐにはぴんときませんでした。でもよく考えてみると、都会に住んでいて当たり前のようにみんなが大学を卒業してきた家庭に比べ、田舎出の「第一世代」は本当にいろいろな点で乗り越えなければならないことが多いのですよね。
 わたしの場合は「大学に行かせてもらえただけでありがたいと思え」という環境でしたし、進学にあたって周りに助言者はほとんどいませんでした。反対を押し切って東京の大学に進み、都内で就職、現在は海外在住です。
 全国平均だけ見ているとはっきりしませんが、大学進学率にも地域差・性差があります。日本の高校・大学でも、ノウハウの蓄積のない第一世代に必要な情報提供、支援体制が広がることを望みます。
はじめまして。

自分の中で長くくすぶっていた感情が文字となって現れた!
という思いです。
ありがとうございます。

都会で育ちますと、テレビで放映されていることや本や雑誌に書かれていることが、
身近なのでしょう。
大学・職業・映画館・美術館・政治・芸能界・・有名企業・大きい図書館と本屋・東京弁・オシャレな料理・・・。
(この表記のバラバラな順序が愉快でしょ)

田舎にいてはどれも縁遠い事柄でした。
私は文庫本に書かれている文字からその全てを想像するだけでした。
テレビや雑誌の世界は、他人事であり外国のようでした。
(都会に住み、ごく身近なことなのだと知りました)


【続く】

【続き】

田舎にいたころは、都会にあるなにもかもが日常生活とは関係のないもので、
次のような認識でした。
大学とは建物のこと、
有名企業とは社名のこと、
テレビの中の世界は、ブラウン管の中だけのこと、

サイトやSNSを通して、都会と田舎との情報格差は小さくなったと思います。
しかし、肌感覚・実感覚は相変わらず数十年前と同じようにも思います。

山下さんのnoteを拝読し、自分の中でモヤモヤしていたものが噴き出てきました。
これが正体だったのだな、と気づき良かったです。

ありがとうございました。
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