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生徒に尽くしすぎるとどうなるのか?③

この文章は主に
自己犠牲的な働き方をやめられない教師向けに書いています。

理想や情熱は人一倍あるのに、なぜか報われず心身を擦り減らすような感覚のある人は、ぜひ最後まで読んでください。

また「教師」を主なターゲットにしていますが、自己犠牲的な働き方はどんな職種にもあてはまりますので、適宜ご自身の仕事のやり方にあてはめて、振り返るきっかけになればさいわいです。
価値あるコンテンツになっています!

さて、前回のコラムでは、
教師になりたての頃の自分の失敗談を紹介しました。

当時の、僕の身に起こったことを、
僕目線の事実として箇条書きするなら、

①突然、Kくんがクラスや僕に対して反抗的になった
 →Kくんを(叱るではなく)怒った
②Kくんの交際相手のMさんが「父親から暴力を受けている」と訴えてきた
 →Mさんの父親に「Mさんを苦しめる行為はやめてほしい」と伝えた
 →Mさんの父親は「はあ」という反応
③自分は、Kくんのため・Mさんのためになることをできたと満足した
 →裏アカ内で、Kくん・Mさんが僕の非難中傷を延々と繰り返した

この出来事を今になって振り返ると、
本当にいろいろな見方・捉え方ができます。

Kくんが反抗的になったのは、
自分の全くの想定外の出来事からそうなったのかもしれません。

Mさんの家庭内暴力の訴えは狂言芝居の可能性があります。
父親に対するなんらかの反発かもしれません。

結局のところ、「わからない」です。
今もって、この出来事はなぜそうなったのかが「わからない」。
「わからない」としか言いようがない。
そんな出来事でした。

でも、確かにいえること。
今の僕なら、これは「失敗」だったと思える行動がいくつかあるのです。
3つほど挙げさせてください。

①脊髄反射ですぐに反応しすぎる

Kくんの反抗的な態度や、Mさんの訴えに対して、
僕は短慮で、誰にも相談せず、突っ走りすぎていました。
もっと多くの人の意見や見方、情報を集めて、
彼と彼女を複合的に理解すればよかった。
あまりに独善的で反応が早すぎました。
自分が正しいと思い込むあまりに、
彼と彼女の本心を受け取るアンテナがなかった。

それはなぜかというと
僕の心は「不安」と「恐怖」でいっぱいだったからです。

②「不安」と「恐怖」に吞み込まれる

今までの自分はうまくいきすぎていた。
ある意味、生徒のコントロールができすぎていた(本来、不自然なこと)。
はっきり言って傲慢でした。
世間知らずのため、生徒をコントロールできない事態が発生した時、
自分の「不安」と「恐怖」が制御できなくなったのです。
だから脊髄反射で反応しすぎて物事を悪い方悪い方へこじらせてしまった。

③なんでも「自分がやる」「一人でやる」という発想

うまくいきすぎていた自分は、上司や同僚よりステータスが上の気分でいました。だから意見を聞かず、相談もせず「自分が」「一人で」やろうとしたのです。当然、うまくいかないときも自分一人でやろうとするが、それが悪循環を生みます。
プライドも高いので、負のスパイラルに陥った自分が許せず、
ループから抜け出せません。

だんだんと、KくんやMさんが僕の中で
「見たくないもの」「触れたくないもの」の象徴になりました。
彼と彼女の一挙手一投足に僕の心が激しく動揺するのを感じました。

見たくないのに、すごく見ようとしていたし、
触れたくないのに、いちいち気になるのです。
自分の粘着質な性格、執着の強さに困惑しました。
たまに事態を好転させようとアクションを起こすのですが、
独り相撲で、完全に空回りでした。

そんな負のモードに陥ってしまった僕は、
考え方もボディランゲージも、何もかもがネガティブになっていきました。

だんだん、今までうまくいっていたはずの
授業も部活も、クラス経営も、家族と過ごす時間も暗く重苦しく、
表情のない世界になっていったのです。

Kくんも、Mさんもキライでした。
自分のことはもっと大嫌いでした。


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