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駆け出しマンガ家トケイさんの「じゃぱん」の西のほうにいる私の感想

「ご趣味は?」
梅田地下ダンジョンから観光客を救出することです。

大都会OSAKAには見どころがたくさんありますが、気が付けばもう10年以上も大阪をうろうろしている私が最も好きな場所といえば、難攻不落のダンジョンとして世界に勇名を馳せる梅田の地下街です。
なにせ、目的地まで(あんまり)迷うことなく歩いていくだけで、お上りさんな同行者からの賞賛を浴びられる。

今回ご紹介する駆け出しマンガ家トケイさん(@tokeikamone )を、阪急三番街のフードホールから、大阪メトロの御堂筋線梅田駅だったか四つ橋線の西梅田駅だったかにお送りしたときも、熱い尊敬のまなざしがめちゃくちゃうれしかったです。
地元をまっすぐ歩いてるだけやで!

そんな私がもっぱらの趣味としていることなのですが、梅田地下ダンジョンからの外国人観光客の救出です。

地図やスマホを両手に掲げて、アッチを向いたりコッチを向いたり、深刻な顔で身体をひねりまくっている人の足元に、大きめのトランクが置いてあったら、こちらから「May I help you?」と話しかけて、嫌がられることは十中八九ありません。

中学生、はじめての国際交流
あまりにも初々しくてまぶしい

主に外国人観光客さんの梅田脱出ゲームのお手伝いを趣味としている私ですので、この下に貼りつけさせていただく中学時代のトケイさんの思い出は、初々しくてかわいらしくて瑞々しくって、推さずにはいられませんでした。

いや、かわいいでしょ。
もうちょっと続きがあるので、そちらはトケイさんのページからお読みください。

「わたしの日本へようこそ!」

このマンガの背骨になっているのは、タイトルにもなっている「うぇるかむとぅまいじゃぱん」だと思うのですが、この「my」への愛しさが胸を熱くするという旨を、私はここに書き残したい。

私がふだんエッセイで取り扱っているイタリア語では、日本語の「ようこそ」にあたる表現を「Benvenuto(ベンベヌート)」といいます。
これは「来てくれて嬉しい人」という意味でして、日本語と同じように単品で「Benvenuto!(ようこそ)」って使うこともあれば、文章のなかに混ぜ込んで、たとえば「Sei sempre benvenuta tra noi.(あなたはいつだって、私たちのなかに歓迎される人ですよ)」という風に使うこともできます。
ちなみに後者の例文は、私がある街を離れるときに、じっさいに言ってもらえて嬉しかった言葉です。

このね、ひとひねり。
聞き慣れた「welcome/benvenuta」に、ちょっとパーソナルな+αがされて、教科書で習わなかった表現になった、この特別感。
些細だけれど、ただひとり自分だけに向けられた、個人的な即興表現へのね、愛着がね、生まれちゃうじゃないですか。

たぶんトケイさんが設計してる共感ポイントは、英語で上手くコミュニケーションが取れなくてあわわわわわ……っていうところだと思うし、そちらへも素直な共感を覚えてはいるのですが、私が最も魂を引っ張られたなぁ~ッと思ったのは、観光客さんの「パアッ」のコマです。
だって、私たぶん同じような表情をしたことあるんですもん。私に「あなたはいつだって、私たちのなかに歓迎される人ですよ」って、だからまた戻ってきてねって、こう言って別れを惜しんでくれたイタリア人さんに。
旅先で触れた好意と言葉に心が浮き立った経験が、記憶の奥からわっと湧きあがってきました。
(できれば私もトケイさんの作画で「パアッ」したかった)(だってかわいいんだもん)(トケイさんのイラストはレモンソーダの香り)

たった一度のお別れの挨拶を、ずっと心に温めてる私がいるみたいに、てんやわんやの健気な中学生が「わたしの日本にようこそ!」って言ってくれたことを、この観光客さんたちも大切に覚えているかも知れないと思うと、なんだかドキドキしちゃいます。

私の英語はLingua franca
正しくないけどいちおう英語

ところで私は英語が得意じゃありません。知識としては下手すると中学生レベルに達してないかも知れない。えぇ歳こいてTOEICは受けたことすらない。たぶん私が「英語できます」って言ったら、いろんな方々が気を悪くされるんじゃないかな。
でも、いちおう英語はできるんですよねぇ…。
根拠は提出できないんですけど、アメリカ人しかいないディナーに招かれて、前菜からデザートまできっちり4時間を楽しく過ごせたんだから、できないこともないはずなんですよ。道案内も喜んでいただけるし、英語で文通してるし。たぶん私の英語って「うぇるかむとぅまいじゃぱん」式のゴキゲンな言語なんじゃないかなって思います。

もちろん言語を精緻に操るのって大事です。
大事な友だちと難しい話をしたり、あるいは本や新聞を読んだりするときには、できるだけ誤解が発生しないように、辞書や文法書でコツコツと調べて臨みます。即興の会話が必要な場では、自分の理解が間違っていないか、できるだけ確認を取ります。なんとなくでは済まされない話題ってありますよね。誤訳が原因で喧嘩してそれっきりなんて絶対にイヤです。

ですが道案内のときって、人生について語り合ったりしません。
なので、情報伝達ツールとして間に合うだけの英語が使えれば、そんなに身構えることってないと思います。
そもそも相手が英語ネイティブとは限りません。ならばちゃんぽん英語はお互い様。スペイン語圏の人が相手ならイタリア語混じりで話した方が伝わりやすいことがありますし、中国語圏の人には漢字を見せた方が早いこともあります。教科書的に正しい運用をしない方が、むしろ伝わりやすいこともあるわけです。I go, You come, the station, this way, come on.

話者の数について考えると、いわゆるネイティブとして英語で生活している人よりも、外国語として英語を勉強している人の方がずっと多いし、そのなかでも「ちょっとだけなら分からないでもない…かな…」っていうレベルの人口の方が、英語をペラペラになるまで習得している層の人口より、圧倒的に多いはずです。
微妙な英語ならできなくもない仲間は、世界中に居ます。委縮することありません。差し当たっての意思疎通に必要な国際共通語(Lingua franca)が使えることは、恥ずかしいことじゃありません。

やるやん、中学時代のトケイさん。
教科書英語は微妙だったとしても、Lingua francaは持ってたやん。
やるやん、駆け出しマンガ家のトケイさん。
このマンガを読んで、どっかの誰かもLingua francaを使う勇気を手に入れたかも知れへんで。

靴が壊れたので可愛いサンダル買ってきたhappy

最後にトケイさんその人のことを推します。

トケイさん駆け出しのマンガ家さんなので、駆け出しさんらしく七転八倒の日々を送っていらっしゃって、私はそれをスマホの画面越しに見守る毎日を送っているのですが、これが楽しい。トケイさんは作者のキャラを売りにしているタイプじゃないですし、むやみに本人のお人柄を推すのもどうかと躊躇はしましたが、今のところの主戦場が個人の価値観が直で表れるエッセイ漫画。これもしゃーなしと諦めて、大人しく推されていただくしかあるまい。許せ、トケイさん。

ほんの小さなツイートを引用させていただきました。なんてことない日常の報告です。たまたま目についたやつです。私、トケイさんのこの手の呟きが滅法好き

靴が壊れたので可愛いサンダル買ってきたhappy

詩じゃん。
詩情を感じちゃいますわ、夏が来る。

たとえばこんな風にジメッとした梅雨の夜、紙のなかの誰かが靴を壊しちゃったのを見かけたら、たぶん私は眉をひそめて心配する。最悪だよねって思いながらページをめくって、ふとある店先のサンダルを見かけて、その誰かの表情にぽっと光が差したら、私もドキッとして「えぇやん」って言う。そしてまだ名前も知らないそのキャラクターが、履き古した靴の代わりに軽やかなサンダルを購入したら、いっしょになって「夏やわ!」って散歩に出かける。

トケイさんはよく「ハッピー」って言う人なのですが、私はそれをすごく頼もしく思っています。よく冷えたレモンスカッシュみたいにワクワクするお話のなかを、トケイさんがキャッチした「ハッピー」と同じものを見つけられる目をしたキャラクターが、いつか自在に泳ぎ始めると思うと、その日が待ち遠しくなっちゃいます。
今は靴が壊れるまで歩き回って、夜遅くまでネームを描きあぐねて、たまにかわいいサンダルを買って、小さく「ハッピー」って呟く、遠くて見えない孤独な横顔を、トケイさんのまいじゃぱんの遙か西の方から、じっと眺めているっていうのも、なかなかオツなものではあるのですけれども。

古靴は 履き捨て涼し 夕暮れの 風を蹴り上げ サンダルの夏
枝川


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