前十字靭帯再建手術からの復活物語003 ‐救助活動編2‐

「あれ?ケガ人かい?」

遠くから微かに聞こえた音は次第に大きくなり、2台のモービルがその姿を現した。『こんな山奥になんで?救助の人なの?救助要請していないのに?なんとなく救助の人と少し雰囲気も違うような…』頭の中に『?』がたくさんならんで少し混乱していた。

この状況下で目の前にモービルが現れた事実。この人達は誰なのか。なぜここにいるのか。いま、目の前の状況を理解するだけの冷静さはその時の私には持ち合わせていなかった。状況を頭で処理しきれなくてひたすら混乱していた。助けに来てくれた!という希望と、要請していないのに救助が来るはずないという疑問。2つの想いがぐるぐるして、ほんの数秒の間がとても長く感じた。

「どなたからか救助要請の連絡があったのでしょうか?」
「ん?俺達はプライベートで走ってるだけ。あれ?けが人?」

とモービルから降りてきてくれた。2人の地元のおじちゃん。偶然、趣味のモービルを走らせて遊んでいたところ、私たちの姿が見えたということらしかった。こんな偶然があるのだろうか。心臓がバクバク音を立ててなり続けていた。


おじちゃん's

「こりゃ下まで運ぶのは大変だ…ボート引いて行ってやろうか?救助訓練も毎年受けているし。厳しいところは、自分らで運ばなきゃだけども。」

もしもそれが可能であれば、少しでも早く下山してマサくんを病院に連れていくことができる。パーティーのメンバーも早く下山できる。暗くなることのリスクも減らせる。でも…こんなこと初めてで、お願いしてよいものなのか、どうするのが正解なのか私には判断がつかなかった。

「助けていただけるのであれば、本当にありがたいです。足のケガなので、もしよろしければモービルに乗せていってもらえると大変助かるのですが…」とリーダー。

「あぁそうだな、それのほうがいいなぁ。2台だから2人載せられるから。よし、ちょっと待っていろ、向き変える。」
そう言っておじちゃん’sはモービルに飛び乗った。

モービルの向きが変わり、みんなでマサくんをモービルに乗せてあげていた。固定された足のままモービルに跨ったマサくんは、足の痛みに顔をゆがめた。

「少し揺れるから痛いかもしれないけど、我慢してな」

マサくんに声をかけて、おじちゃん’sはどこを通って下山するか相談しているようだった。

「あそこの坂は、ケガ人を乗せてると難しいかもしれないから…」等という会話が漏れ聞こえてきた。その時、

「ヒロちゃん、マサくんと一緒に先に下山してもらえるかな。下山したらクルマで安静にして待っていてくれる?自分らもなるべく早く降りるから。」


モービルの音が聞こえてきてからのやり取りを傍観していた私はリーダーのコトバで『ハッ!!』と我に返った。「あ、はい、わかりました!」そう言って、『車のカギ、スマホ、お金は全部ザックに入っているから大丈夫』と必要なものを確認し、自分のザックを背負った。マサくんのザックと2人板はみんなが後から運んでくれることになった。

「もう1人は誰だい?」

「はい、私が一緒に行きます!」といってモービルに近づいて行った。

ヒルクライム?

「ここに跨って、ここを離すんじゃねーぞ」

そういいながら、ビュンビュンって紐を引っ張るとすごい音を立ててエンジンがかかった。いくぞ。そう聞こえたとたんに、ぐいん!!!と遠心力がかかって、ものすごい勢いでモービルが走り出した。普段のスノーボードのスピード感覚と全然違う。動きも全然違う。顔や身体に感じる風力も違う。ただただ新しい感覚。

「え?モービルってこんななの?」

モービルはゲレンデで見慣れているけれど、よく見かけるモービルよりもサイズが大きい気がする。そしてなんだか形も強そうでイカつい。スピードもだいぶ早い気がした。

「これって…もしかしてヒルクライムとかレースとかのモービルなのでは!?X‐GAMEで宙を舞っているあれなのかな!?こ…こ…これは……たのしい✨」

こんな状況なのに、こんなことを感じるなんて私は不謹慎だと思ったけれど。スピード感と遠心力とコース取り。モービルというものは、奥深い楽しさがあるのかもしれない。そう思った。

上下左右に動く動く。自分がイメージするコース取りとは異なる動きをする。スノーボードと別の乗り物だから当たり前といえば当たり前だけど。こんなとこ通るの?って狭いところをすり抜けたり。急上昇したり、急下降したり。すると、前を走っていたマサくんを載せたモービルが停止して、おじちゃんが左下の落ち込みを眺めていた。なにやら、トレースらしきものがついている。

「この跡は●●さんのモービルだな。ここ、いけるんかね?」おじちゃん'sが相談している。

「少し降りて待ってろ。見てくる。」

私をモービルからおろすと、おじちゃんは落ち込みに向かってモービルでドロップ。あっという間に見えなくなった。遠くにエンジンの音が聞こえる。モービルの音は左下から時計回りで大きく移動している。そして右のほうからだんだんと音が近づいてきて、モービルが姿をあらわした。

「大丈夫だ。荒れていない。いける。おい、乗れ!」

マサくんを乗せたモービルが先を行く。先ほどドロップした勢いとは比べものにならないくらいのゆっくりとした速度で、丁寧に下って行った。マサくんのケガを考慮してくれてのことだった。それでもなかなかの急斜面でジェットコースターのようだった。急斜面を下りきると大きく右に曲がっていく。沢筋のような場所で、スノーボードで滑ったら楽しそうな地形。沢地形のボトムを少しだけ進み、右の斜面を登りきって尾根に取りついた。このラインどりをスノーボードでやっても面白いかもしれない。またまたそんなことを考えていた。尾根を少し進み、木々を抜けると、目の前に広い田んぼのような真っ白な空間が広がった。

「よし!ぬけた!!」

おじちゃんが叫んだ。ここは確か…朝、ハイクしていた時に左手に見えていた場所かもしれない。真っ白で広い場所をまっすぐに進むモービル。少しだけ右に左にカーブすると、遠くに除雪最終地点が見えてきた。

誰と登るのか

モービルが止まった。ここから少し雪の上を歩いて、除雪最終地点の道に降りる。おじちゃん'sがマサくんの両肩を支え、アスファルトの道までおろしてくれた。

「クルマあるか?ここで大丈夫かい?」

「はい、ありがとうございます!私クルマとってきます!!」

「そんなにひどいケガじゃないといいけどなぁ。早く病院に連れて行ってやれ。また来いよ。」

そういっておじちゃん'sはあっという間にモービルの方に歩いていき、次の瞬間にはモービルのエンジンの音を響かせながら、あっという間に山の中に消えていってしまった。連絡先、聞けなかった。お礼したかったのに。と思ったけれど、何よりもまずは、クルマをここまでとってきて、マサくんを安静にしてあげなければいけない。

「ここで座ってまってて」

私は200m以上離れたクルマまで走っていった。息がゼイゼイする。急いでブーツを脱ぐ。けれど焦っていてなかなか足から外れない。ちょこっとだけワタワタしたけれど、ひとつづつ緩めていき、ブーツを脱いだ。エンジンをかけてクルマを除雪最終地点まで運んで行った。朝、この道の横には、ずらっとクルマが縦列駐車で止まっていた。今は数台がポツンポツンと残っているだけ。私たちのパーティのクルマだけ。

マサくんをクルマに運び、クルマの横にそそり立っている雪の壁を崩して袋に詰め、アイシングをした。とても寒がっている。ケガのせいで熱がでているのかもしれない。エンジンをかけて暖房をつけてから、病院を探す。焦りと不安からなのか、何を基準に病院を探せばよいのか、冷静な判断が難しかった。この近くの救急病院がいいのか。ここから3時間近くかけて移動して家の近くにするべきなのか。何科を受診すればいいのか。救急だからあたらめて検査にこいと言われるのか。いろんなことが頭の中をぐるぐるしてしまって、基準が定まらない。病院探しに手間取ってしまった。この近くで救急の受入をしている病院に電話をかけると、見てくれるけれど整形外科の先生はいない。土曜日だから画像もとれないと言われた。

どうしようどうしよう。消防に電話すると、救急の病院を教えてくれるって聞いたことがあったけど、そうなるとこの近くの病院を紹介されるはずだ。うーんうーん。悩んだ結果、地元の救急担当の病院の電話をしてみた。状況を説明するとレントゲンしか取れないが診察可能とのこと。整形外科の先生もいると。気をつけてくるように言われ電話を切ったその時。仲間たちが歩いてくるのがバックミラーに映った。急いでドアを開けて外に出る。マサくんも必死に動こうとしているが、なかなか動けない。

「ごめん、待たせちゃったね。マサくんどう??あ、これ2人の板だよ。病院はどうだろう?」

そういって板をクルマに積んでくれた。マサくんの状況を説明し、地元の病院が見つかった旨を伝えた。ちょうどその時、マサくんがゆっくりとクルマの外に顔を出した。

「本当に本当にご迷惑をおかけしてすみません。本当にすみません。すみません。」

そういって頭を下げ続けるマサくん。弱々しく力なくそう繰り返す姿から、気持ちが痛いほど伝わってきた。

「迷惑だなんて思ってないよ。パーティーなんだから。もしも僕が動けなくなったらみんなに助けてもらう。仲間が動けなければ助ける。そういうものなんだから気にすることじゃない。また元気になったら一緒に滑ろうね。待っているから。」

そう声をかけてくれた。その言葉が印象的で今でもはっきり覚えている。昔から父に、山に入るときは信頼できる仲間と入るんだぞって教わってきた。それはなぜなのか、頭では理解していた。知識もあった。けれど今日まで、それを実感したことはなかった。今日、初めて父の教えの本当の意味を理解した気がする。

もっと、もっと勉強しよう。知識も経験も足りない。まだまだ学ぶべきことが山ほどある。そう思ったことを覚えている。マサくんも同じきもちだったと思う。「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」弱々しくそう繰り返していた。

「今から病院に連れていきますね。また状況ご連絡します。ご迷惑をおかけしました、本当にありがとうございます。」そういってエンジンをかけた。バックミラーには手をふる仲間の姿が映っていた。


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