※ネタバレ注意「君たちはどう生きるか」を観て4時間後に書き終えた雑感
まず、宮崎駿は美しい女性をつくるのが上手いなと言うこと。そして人の見た目に物凄くこだわりが感じられ、見た目の醜悪さ、美しさをこれでもかと鮮明なコントラストで見せつける。今回、特に年老いたものは醜く描かれていた。主人公を含めた中心人物は非常に端正な顔立ちで絵描かれていた。
総評としては、「掴み所がない」作品だった。前作の「風立ちぬ」は掴み所があったというか、テーマは何かと言われればいくつか挙げることはそう難しくはない作品だった。
「君たちはどう生きるか」は1937年に世にでた
吉野源三郎による書籍のタイトルそのままである。しかし、この作品に「コペル君」は出てはこないし、ストーリーもそれを踏襲したものではないと見た。主人公眞人(まひと)が、亡き母の形見(表紙を開くとすぐに母の文字で「眞人へ」と書かれている)として『君たちはどう生きるか』を見つけ、それを読み涙するシーンがあるが、今作で指折りの名シーンだと思う。眞人が「お母さんの字だ…」と心を震わせるシーンがあったが、「母の字」にはやはり、ただならぬ親心・温もりがあったのだと推察される。
さて、物語の鍵を握るのは「青鷺(あおさぎ)」であることは間違いないと思う。火災で母を亡くした少年(眞人)は、青鷺の言うとおり、母の亡骸を見てはおらず、母が生きているという青鷺の言葉を完全に否定はできなかったように見える。つまりこれは、短絡的解釈かもしれぬことを承知の上でいえば、あらゆる災害や事故において、大切な人を亡くし、なおかつ「死に目に会えていない」人がその人の死をどこかで信じられずに生きているということを描いているのかもしれない。確かに、死んだといわれても、その「死んだ姿(場合によっては醜い)」をみていなければ、その人が死んだのではなく、どこか遠くへ行ってどこかで生きているという「幻想」をつくることは容易い。そして、「死を見ていない」という以上、死んだという理屈が脳裏に焼き付かない。これがまず一つ読み取れる。
ここまで書いて思うが、この作品のテーマは
「生まれることと死ぬこと」なのかもしれない。作品名は「君たちはどう生きるか」と「生きる」という「今から先」に光が当てられているようだが、映画を通じて描かれているのは「人間がどこから、どう生まれて来るのか」という点だったと私は振り返る。
新海誠の「雀の戸締まり」では「常世」が描かれたが、この作品においても「現世とは違う世界」が描かれた。そこには「生きているもの」と「死んだもの」と「これから生まれる命」が混在していた。そしてその世界では、生きるもの以外による「殺生が禁止」されていたのもポイントだろう。眞人が巨大魚を捌くシーンでは、大きな命をいただくことの重みと、はじけ飛び顔から血をかぶることでゾッとする表情が見える。生命の美しさと醜さが描かれる本作において、醜さが克明に描かれたシーンの一つであろう。また、先ほど取り上げた「雀の戸締まり」に似たようなシーンがあったと思うが、眞人に夏子(新しい母)が「あんたなんか大嫌いよ!ここから出ていきなさい!!」と物凄い剣幕で怒鳴り付けるシーンがそれだ。本音には見えなかったので、おそらく眞人を守るために放った一言なんだろうと思う。夏子が、新しい母として眞人の前に現れるのは序盤だが、その後、眞人が頭に深い傷を負ったときに、泣きながら「お姉様に申し訳ないわ」といい放ったことがひっかかる。本当の姉妹なのか?と。この点について、眞人も夏子を初めてみた時に「母にとても似た人」と感じていたし、そうなのかもしれない。そのへんはどれほど本作の重要なテーマになってくるのかわからないので置いておく。
さて、ここで再び本作の主人公の冒険におけるパートナーである青鷺にスポットを当てる。青鷺は、姿を変え、言葉も話す不思議な存在だったが、最終的に主人公から「友達」と認められた。出会ってしばらくは、眞人も青鷺を訝しげに見ており、追い払い、弓を放つこともあった。いかにも怪しく、「悪意」ある言動が目だった青鷺も最終的には主人公の中で「友達」になった。ちなみに「悪意」というのは、この作品における紛れもないキーワードである。
「悪意のない、美しく穏やかな世界をつくること」を眞人と血縁関係にあるという老人(世界をコントロールしている主的な存在)は眞人に託そうとしていた。「悪意」は「すべての争いの種」である。「悪意のない、美しく穏やかな世界」を切望するその老人は宮崎駿そのものだったと見る。
さて、長くなったが、この作品はとても解釈が難しいと思われる。
わかりやすいストーリーラインはないものの、これまでの宮崎駿作品同様、ひとつひとつの描写や、物語の「展開」自体が非常に表現力豊かで、緻密で、エネルギーやユーモアに溢れ、心踊るはずだ。主人公が好奇心旺盛で勇敢である点がより一層、観るものを前のめりにさせてくれる。
「風邪の谷のナウシカ」、「隣のトトロ」、「千と千尋の神隠し」、「ハウルの動く城」の様納得感というか、ストーリーの筋が「エンディングを観たときに」すっと頭で消化しきれない感は(少なくとも私には)あるものの、宮崎駿の紛れもない集大成である。
そして、この作品を通じて感じることは言葉にできない部分や無自覚な部分も含めたら色々あるが、特筆するなら「生命の儚さ、美しさ、醜さ」は勿論のこと、「悪意のない世界」を「私たち一人一人が願い、今日この瞬間から作っていかないといけない」ということだ。
そして、最後に書いておきたいのだが、
この作品が物静かに、「気づけば公開していた」というのも特徴だ。映画館にも、本作品の大きなポスターや、グッズ等は一切見当たらなかった。テレビで宣伝されることもなかった。
とにもかくにも、百聞は一見に如かず。どうぞご覧あれ。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?