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【現代語訳】正岡子規による野球入門「ベースボール」

「子規は日本に野球が導入された最初のころの熱心な選手でもあり、1889年(明治22年)に喀血してやめるまで続けていた。ポジションは捕手であった。」(wikiより)
彼の訳した野球用語「打者」「走者」「飛球」「直球」などは今も使われています。

今回訳したのは1896(明治29年)、子規が新聞に書いた野球の紹介文。まだ日本の野球の草創期で、野球がどういうスポーツなのかよく知られておらず、野球用語の邦訳もろくになかった時代ですね。

個人的に面白かったのは今ではもう使わなくなった訳語の数々。
(例)キャッチャ「攫者」、ショート「短遮」、ドロップ「墜落」、ホームイン「廻了」、アウト「除外」など。
ショートがピッチャーとサードの間にいるのも興味深い。
ところどころよくわからない箇所があって、うまく訳せなかったのが残念です。

(なお文中、日本に初めて野球が伝わったのを明治145年としているのは誤りで、明治5年頃にホーレス・ウィルソンというお雇いアメリカ人教師が伝えたそうです。)

・原文(青空文庫)

wiki「正岡子規」 


【訳文】

ベースボールは、 これをする者が大変少なく、知る人もまた少ないが、最近第一高等学校と横浜のアメリカ人との間で試合があったときからベースボールという語は世間の人の耳に入るようになった。
しかし肝心のベースボールがどういったものか知る人はほとんどいない。
ベースボールはもともとアメリカ合衆国の国技とも称するべきものでこの遊技がアメリカ国民一般に楽しまれているのは我が国の相撲、スペインの闘牛などと似ていると聞いた。(アメリカ人が負けたのを悔しがって何度も試合を挑むのはそれがほとんど国辱だと思うからであろう)
この技が我が国に伝わった来歴は詳しくは知らないが、一説では元新橋鉄道局の技師(平岡凞という人か)が米国より帰ってこれを新橋鉄道局の職員に伝えたのが始めらしい。(明治145年頃であろうか)
それから元東京大学(予備門)へ伝わったと聞いた。またこれと同時に工部大学校、駒場農学校にも伝わったと覚えている。東京大学予備門は後の第一高等中学校であり今の第一高等学校である。
私の明治189年の記憶によると予備門または高等中学は時々工部大学や駒場農学と試合をしたことがある。また新橋組と工部とは試合したことがあった。その後青山英和学校も試合に出かけたことがあったが年代は忘れた。こんな具合で高等学校のベースボールの歴史は今日までで145年費やしたが(もっとも生徒は常に交代している)少し完備したのは明治234年以後であると思う。それまではまことに遊び半分であったがこの時よりやや真面目の技術となって技術の上に進歩と整頓が出てきた。少なくとも形式上は整頓されてきた。つまり攫者が面と小手(剣術に用いる面と小手のようなもの)を着けて直球を捕り投手が正投を学んで今まで九球だったものを四球(あるいは六球であったか)に改めたのがそれである。
次にその遊技法について多少説明しよう。(七月十九日)

ベースボールに必要なもの は千坪くらいの平坦な地面(芝生ならなお良い)皮で包んだ小球(直径二寸ばかりで中はゴム、糸の類で充実したもの)投者が投げた球を打つ木の棒(長さ四尺ばかりで先の方がやや太く手に持つところがやや細いもの)一尺四方くらいの荒布でできた座布団の様にこしらえた基三個、本基および投者の位置に置く鉄板の様な者が一個ずつ、攫者の後方に張って球を遮る網(高さ一間半、幅二、三間くらい)競技者十八人(九人ずつ敵味方に分かれる)審判者一人、幹事一人(勝負を記す者)などである。

ベースボールの競技場
図で説明しよう。

(註 小さかったので元の図を拡大し見やすくしています)

直線「いほ」と「いへ」(実際には線はないが、白灰で線を引くこともある)は無限に延長したものとし、直角「ほいえ」の内は無限大の競技場である。ただし実際は本基で打者の打った球の達したところが限界になる。「いろはに」は正方形で十五間四方である。勝負は小勝負を九度重ねて完結するが、その小勝負の一度というのは甲組(九人の味方)が防御の地に立つことと乙組(すなわち甲組の敵)が防御の地に立つことの二度の半勝負に分かれている。防御の地に立つ時は九人それぞれがその仕事に従い「一、二、三」などの位置をとる。ただしこの位置は勝負中多少動くことがある。甲組が競技場に立つ時は乙組は球を打つ者一、二人(四人を越えない)のほかは全員後方で控えている。

い 本基
ろ 第一基
は 第二基
に 第三基
一 攫者の位置
二 投者の位置
三 短遮の位置
四 第一基人の位置
五 第二基人の位置
六 第三基人の位置
七 場右の位置
八 場中の位置
九 場左の位置

ベースボールの勝負
攻者(防御者の敵)は一人ずつ本基(い)より発して各基(ろ、は、に)を通過し、再び本基に帰るのを務めとする。こうして帰った者を廻了という。ベースボールの勝敗は九勝負が終わった後に、各組の廻了の数の総計を比較して多い方を勝ちとする。例えば「八に対し二十三の勝ち」というのは乙組の廻了の数が八で甲組の廻了の数が二十三で甲組の勝ちだという意味である。であるから競技者の任務は攻者の地に立つ時はなるべく廻了の数を多くしようとし、防者の地に立つ時はなるべく敵の廻了の数を少なくしようとすることだ。廻了というのは正方形を一周することだが、その間には第一基第二基第三基などの関門があって各関門には番人(第一基は第一基人が守り、第二第三も同様)がいるので簡単には通過できない。走者がある事情がもとで通過の権利を失うことを除外という。(普通に殺されるという)審判官が除外だと呼んだら走者(または打者)はすぐに線外に出て後方の控え所に入らねばならない。除外が三人になると第一小勝負が終わる。あちらが攻めこちらが防ぎ各々防いで九度、攻めること九度になれば勝負が終わる。

ベースボールの球
ベースボールにはただ一個の球があるだけである。そうして球は常に防者の手にある。この球こそこの遊戯の中心となるもので球のいくところが遊戯の中心である。球は常に動くから、遊戯の中心も常に動く。だから防者九人の目は片時も球を離れることを許されず、打者も走者も球を必ず球を見る。また傍観者も球に注目しなかったら要領を得ないであろう。

普通、球は投者の手にあって本基に向かってこれを投げる。本基のそばには必ず打者が一人、棒を持って立っている。投者の球が正当の位置に来たと思ったら(つまり球が本基の上を通過し、かつその高さが肩より高くなく、膝よりも低くない時は)打者は必ずこれを打たねばならない。棒が球に触れて球が直角の内に落ちた時(これを正球という)打者は棒を捨てて第一基に向かって一直線に走る。この時打者は走者となる。打者が走者となったら他の打者がすぐに本基のそばに立つ。しかし打者が球に触れなかったら打者は依然立ったままで攫者は後ろ(一)にいてその球を受け止め投者に投げ返す。投者は何度も本基に向かい投げる。この様にして一人の打者は三回の打撃を試みる。第三の打撃で直球(投者の手を離れてまだ土に触れない球をいう)が棒と触れないで攫者がうまくこれを捕れば打者は除外となる。もし攫者が捕れなければ打者は走者となる権利がある。打者が打った球が空に飛び(遠近は無関係)その球が地に触れない前にこれを捕れば(誰でもいい)その打者は除外となる。
(未完)(七月二十三日)

ベースボールの球(前の続き)
競技場の中に一人の走者が出た時、球の任務は重大となる。もし走者が同時に二人三人と出た場合はさらに任務重大となる。というのも、走者の多い時は遊技はどんどん複雑になるのに、球は終始ただ一個あるだけだからだ。
今、走者と球の関係を明らかにしようとすれば、走者は一人で敵陣を通過しようとする者で、球は敵の弾丸の様なものである。走者は正方形(前回の図参照のこと)の四辺を一周しようとする者で一歩もこの線の外に出ることは許されず、もしこの線上で一回でも敵の球に触ればたちまち討ち死(除外)してしまうのだ。(ここで球に触るというのは防者の一人が手に球を持ってその手を走者の身体の一部に触れることであって、決して球を敵に投げつけることではない。もし投げた球が走者に当たったら、死球と言って敵を殺さないばかりか帰って防者の損になる)従って走者がこの危険の中に身を投じて唯一の塁壁となるのは第一第二第三の基である。というのは走者の身体の一部がこの基(座布団のようなもの)に触れている間は敵の球がたとえ体に触ろうと決して除外とはならない。(この場合の基は鬼ごっこのおかのようだ)
だから走者はなるべく球が自分に遠い時に疾走して線を通過せねばならない。
例えば走者が第一基にいてこれから第二基に行こうとする場合、投者が球をとって本基(の打者)に向かって投げる瞬間を待ち、球が手を離れたと見た時走り出すのだ。この時、攫者はその球をとるとすぐに第二基に向かって投げ、第二基人はその球を取って走者に触れようと突きつける。走者は急いでいても常に球の運動に注目し、こうした時すぐに進んで危険を冒して第ニ基に入るか、引いて第一基に帰るかを決断しこれを実行しなくてはいけない。第ニ基から第三基に移る場合も同じで、第三基から本基に回る時も同じである。ただし第三基は第ニ基より攫者に近く、本基は第三基より攫者に近いのでその分通過する危険は大きくなってくる。走者が二人いる時は、先に進んでいる走者をまず倒そうというのが防者が普通にすることだ。
走者は三人いる時はこれを満基という。(一つの基には一人以上留まっていることが許されないので走者の数は最高で三人である)満基の時、打者が走者となれば今までの走者は否が応でも一つの基ずつ進まないといけない。これが一番危険でまた一番愉快な場合で、この時の打者の一撃が勝負を分け打者がもし甘い球を打てば二人が廻了することがあるし、もし悪球に手を出せば三人全員が立尽(あるいは立ち往生という)に終わることさえある。
とにかく走者が多い時は、人は右に走り左に走り球は前に飛び後ろに飛び局面は一瞬で変化し見る者は要を得ないことがある。球戯を観るなら球を観ることだ。

ベースボールの防者
防御の地にある者つまり遊技場の中に立つ者の役目を説明しよう。

攫者は常に打者の後ろで投者の投げた球を受け止めるのを仕事とする。その最も力を入れるところは打者が第三撃で打てなかった時その直球を掴んで、走者が第ニ基に向かって走る時第ニ基人に投げるのと、走者が第三基に向かって走る時球を第三基人に投げるのと、走者が本基に向かってくる時、本基に出てこれを食い止めたりなどすることだ。

投者は打者に向かって球を投げるのが仕事である。その正投には外曲、内曲、墜落など色々あるが、これは打者の眼を欺き悪球を打たせるためである。このほか、投者は常に走者に注目して走者が基を遠く離れた時は、その基に向かって球を投げることなどもある。

投者と攫者の二人は競技場で一番重要な地にいる者で一番熟練が必要な役目である。

短遮は投者と第三基の中ほどにいて、打者の打った球を遮り止めてすぐに第一基に向かって投げるのが役目である。この位置は打者の球が多く通過する道筋なので特にこの役を置いたのであるから短遮の責任は重い。

第一基は走者を除外するのに最も適当な位置である。
短遮などから投げられた球を取って第一基を踏むのが(または体の一部に触れるのが)走者より早ければ走者は除外となる。
走者は本基から第一基に向かって走る場合は単に進むだけで退くことができない位置にあるので球がその身に触るのを待たずに除外となることがあるのだ。

第ニ基人、第三基人の役目は攫者などが投げた球を掴み走者の体に触れようとするもので、この間に挟撃など面白い現象が起きることがある。
場右、場中、場左は打者の打った飛球をとったり(この時打者は除外となる)あるいはその球を止めて第一基などに向かいこれを投げるのを役目とする。

しかしそうは言っても球戯は死物ではなく、防者はただ敵を除外するのを唯一の目的とするので、このためには各人が皆、臨機応変の処置をとることが大事である。防者は全員、打者の球は常に自分の前に落ちに来ると覚悟せねばならない。基人は常に自分に向かって球が投げられるのだと覚悟せねばならない。

ベースボールの攻者
攻者には打者と走者の二種類があるだけである。打者はなるべく強い打球を打つのを目的にすべきだ。球が強ければ防者の前を通過しても遮られることはない。球の高く上がるのは見た目は美しいが捕られやすい。
走者は身軽に敵の手をくぐりて基に達することが必要である。危険な場合は、基に達する二間ばかり前から身を倒して滑り込むこともある。
その他特別な場合のルールはいちいちこれを列挙しない。と言うのもいちいち列挙していたら、いたずらに複雑になるだけだからである。

ベースボールの特色
ボート競技・競馬・陸上競技などはそのルールはとても簡単で勝敗は速いか遅いかにすぎない。だから見ている者には面白みが少ない。球戯はそのルールが複雑で変化が多いから見ている者も面白い。それに加え動作が活発で生気があるのがこの遊技の特色で、見ている者が思わず喝采したくなることが多い。ただこの遊びは遊技者にとっても見る者にとっても多少の危険は免れないから、見る者は攫者の左右または後方にいるのがいいだろう。

ベースボールにはまだ訳語がなく、今ここに挙げた訳語は私が作ったものである。訳語の妥当でないことは自分でもわかっているが、慌てて改める理由もない。君子がどうかよしとしてくださらんことを。

升  付記

(七月二十七日)

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