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アンドロイドは電気羊の夢を見るか? #6

天然ガスという矛と盾


脱炭素に向けて規制ラッシュをかけたEU。

天然ガス・LNG資源が無い事を逆手に取ろうとしたのかどうかはわからないが、脱炭素社会を実現してしまえば天然ガス・LNGの輸入をロシア一国に依存している事も問題ではなくなる、と考えていたのだろうか?

”自由化”という御旗を大きく翻し、電気料金の制度を長期契約主体からスポット契約主体へと切り替えたのも、”脱炭素ありき”の見切り発車だったのでは?と、結果論に過ぎないがそう思えてしまう。

それでいて送配電網の整備は後回し、それも他国含めた脱炭素の為の規制をかける事に集中し過ぎて、電力を”送る”事にまで頭が回らなかったのか?とさえ思える。

しかも車は今後EV車以外は走らせないようにするからと、一般電力の送配電には無関心なのにEV車の充電スポットは充実させながら、ガソリン車への規制に五里夢中。

そこへ世界各地で災害同時発生、再生可能エネルギーによる発電に打撃を受けた各国がこぞって天然ガス・LNGを買い始めた為価格が高騰、スポット契約主体となった料金体系はその直撃を食らい、EUの電気料金は沸騰。

こうして2021年冬、迎えた試練に青ざめていた(かどうかはわからないが)EUを尻目に、エネルギー地政学にのっとって着々と西ヨーロッパへの天然ガス供給の道筋を確実なものとすべく、2021年9月にノルドストリーム2を完成させたロシア。

ノルドストリーム2に対するドイツ・エネルギー規制当局の審査も、その後のEC(欧州委員会)の審査も、その2つの審査が終わって稼働開始できるのが2022年5月となる見込みだったという事も、ロシアにとってはどうでも良かったのかも知れない

天然ガスが問題なくEUに供給できるという目途さえ立てば。
輸入をロシア一国に頼らざるを得ないEUが、強硬手段を取る事はまずあるまい、と踏んでいたのではないか?

ここまでが2022年2月24日までの、そして拙シリーズ前稿までの流れだ。
そしてEUは今、何に力を入れているか?

ロシア以外から天然ガス・LNGを入手する手段の開発、構築である。
脱炭素の為の規制に血道を上げていたEUは、今、炭素資源を手に入れる為に必死になっている。

前稿でイスラエル・エジプトルートでのLNG輸入ラインがスタートした事を書いたが、これも手段の構築の一つだ。

こうした動きを見て、セルゲイの友達は今何を思っているだろう。
Lmaoooしているのだろうか?

真綿で首を


前稿で”2022年8月9日現在、ロシアからヨーロッパへのガス供給停止(完全停止)には、今の所至っていない”と書いた。

だが、部分的な遮断による供給停止はある。(今も)

以下は、国際通貨基金ホームページ2022年7月19日の記事である。

ロシアのウクライナ侵攻により世界経済見通しは一段と悪化した。
貿易と投資、金融面で両国との繋がりが強い欧州経済は大きな打撃を受けている。欧州は今、最大のエネルギー供給源であるロシアが天然ガスの輸出を一部遮断する事態に直面している。

前例のない完全な遮断があり得ることから、天然ガス不足やさらなる価格高騰、経済への打撃に関する懸念が高まっている。

2022年2月22日、ノルドストリーム2の計画停止をドイツ・シュルツ首相が表明して以来、同パイプラインは稼働していないが、ノルドストリーム1は稼働しており、2月24日以降もロシアから欧州に天然ガスは継続して供給されていた。

そのノルドストリーム1からの供給が7月11日から10日間、完全停止した。
”定期保守点検”というのが、ロシア側の名目だった。
以下、REUTERS(ロイター)の2022年7月11日の記事を基に記述する。

先述した”ガス供給の部分的遮断”は、6月、ドイツがカナダに修繕を依頼しているガスタービンの返却が遅れている事を理由に、ロシアがドイツへの天然ガス供給を4割に削減している事を指している。

カナダはこの週末に、修繕を終えたガスタービンをドイツ側に返却すると発表した。

REUTERS(ロイター)の2022年7月11日の記事 より

カナダは7月16日頃に返却する、と言ったわけだが、EUはロシアが点検期間を延長し、天然ガスの供給を一段と制限するのではないかと思ったようだ。

ドイツのハベック経済相は先月末、ロシアが小さな技術的問題を理由に点検終了後も供給を再開できないと伝えてきても「それほど驚かない」との見方を示した。

REUTERS(ロイター)の2022年7月11日の記事 より

この時のEUの懸念が現実となれば、冬場に向けてガスを貯蔵する計画が頓挫し、既に価格が高騰している天然ガスの不足が一段と悪化する。

ロシアのペスコフ大統領報道官は、点検は定期的に予定されており、いかなる修理も「でっち上げ」ではないと述べたという。
政治的圧力をかけるために石油やガスを利用しているわけではない、と言いたいのだろうか。

結局7月21日、10日間の定期保守点検を終え天然ガスの供給は再開されたが流量は点検前に既に減らされていた水準と同じ、輸送能力の40%だった。
つまりEUではいぜん、冬に向けてのガス確保についての懸念は続いており、追い打ちをかけるように、かの人の声明が公表された。

関連設備の問題で供給を更に絞るか停止する可能性がある、という声明だ。EUは加盟国に来年3月まで、ガス使用量を15%削減するよう提案した。

さらに今、EUは別の苦難に見舞われている。

熱波がもたらしている事


既にニュースで大きく報じられているEUの山火事。
熱波によって引き起こされたそれは、欧州森林火災情報システム(EFFIS)によれば、7月23日までの2022年ヨーロッパ全土の森林焼失面積集計は、51.5万ヘクタールを超えたという。
この数字は2006~2021年の同期間平均の約4倍との事。

以下、東洋経済ONLINE2022年8月5日の記事を中心に述べさせていただく。

40度を超える暑さに襲われたイギリス各地で山火事が発生。
フランスでは南西部ジロンド県の山火事において(山火事はここ以外の他の地域でも発生している)約2万ヘクタールの森林が焼失、3.7万人の住民が避難を余儀なくされたそうだ。
(これは7月の事で、8月に入り被害は別の”複数の”地域で発生している)

スペイン、ポルトガルでも最高気温40度前後を記録。
ポルトガルでは250カ所を超える山火事による森林焼失面積が2017年以降最大となったという。
スペインの熱波による死者は1000人を超えているとの事。

ドイツも各地で40度超えの記録的な暑さに見舞われ、7月25日ごろから東部ブランデンブルク州のチェコとの国境沿いで両国にまたがって大規模な森林火災が発生。

当局は、本格的な消火活動を空と陸から行っているが、完全な鎮火には「数週間かかる」と述べており、消火活動は今も続いている。
乾燥した松林に覆われた同地域には、第2次世界大戦で残された不発弾などの弾薬が地中に多く埋まっており消火活動は難航、住民も避難を強いられているそうだ。

熱波は山火事だけでなく、干ばつをももたらしている。

イタリアではこの70年間で河川の水位が最低に達した。
この為、5つの地域で7月後半から非常事態宣言を出している。

「水がなければ命はない」と言ったのは、フランスのとある農家。
「今後、熱波が毎年繰り返し襲ってくれば、将来に期待は持てない」と失望を隠せない。

私は今回初めて知ったのだが欧州では大半の世帯で冷房装置が無いという。
ヨーロッパでは部屋を強制的に冷やす事はあまり好まれず、暑ければ窓を開けて風を通したり、日除けを設置したりしていて、一般家庭においてエアコンは普及していないのだそうだ。

その欧州で熱帯夜というこれまで経験した事のない、眠れない夜が続いているという。
スペインの熱波による死者の中には、こうした夜を越えられなかった人も含まれている。

欧州メディアはこの熱波は地球温暖化による気候変動が原因と報じている。

環境安全保障とエネルギー安全保障


2021年11月、イギリス・グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)のグラスゴー合意の最重要事項は、異常気象などによる気候変動の悪影響を最小限に抑える事だった。

その為、産業革命前からの気温上昇幅を1.5度に抑える努力目標を合意事項とした。2015年のパリ協定の2度をさらに抑える目標を設定し、賛同する国や企業が協調して取り組む事になっている。

ただこれは、2022年2月24日より前の事だ。
2月24日以降、事態は大きく変わった。

対ロシア経済制裁、エネルギーのロシア依存脱却がこれに加わり、そちらの方にも労力をさかれている。

ウクライナ情勢が長期化した事で表面化したエネルギー問題と熱波による異常気象という気候問題

5月にベルリンで開かれた主要7カ国(G7)気候・エネルギー・環境担当閣僚会合で「気候・環境安全保障とエネルギー・国家安全保障は同義だ」との認識が確認され、今や脱炭素を中心とした環境安全保障は、エネルギーの安全保障と一体となって取り組むべき課題となった。

同5月、矢継ぎ早にEUは「リパワーEU」計画の詳細を公表、その柱は「省エネルギー」「再生可能エネルギーへの移行の加速」「エネルギー供給の多角化」の3つとなっている。

”2030年までにロシア産化石燃料からの脱却を目指す”という具体的な目標も掲げられている。

そして今、ノルドストリームの直接管理窓口であり、ヨーロッパで天然ガスのロシア依存度が最も高いドイツで「リパワーEU」の議論が沸騰している。

ショルツ首相が7月22日に、ロシアからの天然ガス輸送量減少によって経営難に直面するエネルギー大手ユニパー社への支援を表明すると、その3日後、ロシア国営天然ガス大手のガスプロムは、パイプライン「ノルドストリーム1」によるドイツへのガス供給量を27日朝から容量の20%まで減らすと発表した。

ガスプロムはガスタービンの整備を理由に挙げている。

ロシアへの経済制裁に対する欧州へのこの揺さぶりに、今年末までに完全停止する予定だった原子力発電の稼働延長をめぐり、天然ガスの代替エネルギーをどうするかでドイツ国内は今、割れている。

次回、この続きを。


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