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文化講座『地理学講座』 講師:川瀬久美子

こんにちは。note更新担当のたぬ子です!

平成20年度から開講している当財団の人気事業!それが『文化講座』です!

この講座は、愛媛県県民文化会館に外部講師を招き、文学や歴史などに興味・関心のある方々に向けて、学びの場を提供しています。また、当財団ならではの専門性の高い講座や地域の歴史・特性を生かした講座となっています。

今年度の『文化講座』は、対面講座:4講座+オンライン講座:2講座の合計6講座を開講しており、それぞれの講師にお話を伺っていきます!

今回、お話を伺ったのは
『地理学講座~えひめの風土の成り立ち~』担当の川瀬久美子先生です!

データを扱うからこそ、現場を大事にする

フィリピン調査写真 提供写真:川瀬久美子

ー地理学について、詳しく教えていただけますか。

 昔、地理学は地誌学という、生活や歴史のベースにある自然環境の変化や推移を記録したり、人に教えたりすることから始まったんですが、近代以降は「なぜ、ここにこういうものがあるのか」といった、分析的な学問に変わってきました。
 今は、大きく自然地理学と人文地理学に分かれています。

 例えば私が学んだ自然地理学だと、以前は「愛媛は石鎚山や川があって、瀬戸内海に面してる」と説明していただけだったのが、「そもそも、なぜ石鎚山がそり立っているのか」「なぜ、瀬戸内海に面していると晴れが多くて雨が少ないのか」と自然を分析するようになりました。
 また人文社会科学だと、莫大な統計データが蓄積されているので、その統計情報を演算して分析しています。

 ただ、どれだけデータや数値を扱っていても、地理学は現場を大事にしています。「その場所を自分の目で確かめなきゃ」って。
 たぶんそれは地理学が、いろんな土地に行き、場所ごとの様子や物事の原因を考える学問として始まったからかなと思っています。

ー統計を覚えるのが地理だと思っていたので、現場を大事にされていると聞いて驚きました。

 どうしても、覚える科目ってイメージありますよね(笑)

 でも統計というのはすごく大事で、「愛媛はみかんが採れるよね」って漠然とした印象が、データや数字があれば「静岡や和歌山と収穫量競ってるな」とか、「柑橘全体の収穫量は、愛媛がトップクラスなんだな」って、具体的なことが客観的に分かるようになります。

 ただ、統計って日々変わってしまうんですよ。
 それが厄介なんですけどとても大事なことで、昔覚えた物事や「こうだろう!」って思いこんでいたことが、最新の統計を見ることで正しい情報にアップデートされる。
 人間は思いこみで物事を決めてしまうことがあるので、客観的な情報を得ることができるのは大事ですよね。

影響しあう自然の成り立ち

水俣病慰霊碑の前で 写真提供:川瀬久美子

ー自然地理学の魅力を教えてください。

 地理学的な現象って、1つの現象が他のことにも影響しているし、影響されていることがあって、その繋がりがおもしろいなと思ってます。

 例えば、気候や大気って人間が影響を与えたり、操作することができないと思われることが多いですが、ヒートアイランド現象は典型的に人の生活が気候に影響を与えていますよね。
 そうやって、気候だって地表面の状態や人間活動の影響を受けているし、私たちの生活は気候に影響される。

 他にも地震や火山の噴火、気候の変化など、様々なものから影響を受けて今の景色ができあがっています。

 氷河期まで遡ると、地球全体の気温が低下して、氷河がどんどん成長し、陸上にとどまる水の量が多くなることもありました。
 そのような状況でも、比較的暖かい地域では海の水が蒸発し続け、寒い地域で雪となり氷河の成長を促します。
 地球上の水量はほぼ一定なので、氷河が溶けずに成長し続けると、海に戻ってくる水が減り、地球全体の海水が減って100mぐらい海面が下がっていたこともあります。

 大学時代にそういうことを教えてもらって、「自然はいろんなことと繋がっているんだな」ってことに感動して、「もっと知りたい。自分でも探求したい」と思ったんですよ。

時間軸を意識した景色の見方

重信川の河口干潟 写真提供:川瀬久美子

ー地理学講座の見どころを教えてください。

 今回は、『えひめの風土の成り立ち』というタイトルで話させていただいているので、愛媛の自然の特徴を山や川、海岸、気候のように1つずつ解説しています。
 愛媛の自然と言いましたが、私たちが普段目にしている自然景観や地形というのは、ここ数千年から数万年という短い時間でできています。
 その年月を短いと考えるか、長いと考えるかは人によって違うと思いますが、地学的に見ればすごく最近なんですよね。

 そして基本的には、今も斜面崩壊や川の氾濫で地形変化は続いていますし、しばらくは同じような変化が続くと思われます。
 だから、今見えてる景色の特徴に加えて、その景色がどうやってできたのか景色の成り立ちについても解説していきます。
 地理学は空間的な学問ですが、成り立ちを学ぶことで時間軸を意識した、新たな景色の見方や考え方を知っていただけたら嬉しいです。

 自然景観は本当に美しいので、「綺麗な景色だな」と思うだけでも良いんですが、「この景観は、どうやってできたのか」という見方をすれば、更に自然の奥深さや畏敬の念を覚えるようになると思います。

ー景色を見て「なんでだろう」って思ったことがないので、そういう視点をもつと日々もっと楽しく暮らせそうですね。

 そうなるといいなと思って、みなさんにお話ししてます。

ハザードマップは根拠まで知ることに意味がある

西日本豪雨の大洲洪水被害調査 写真提供:川瀬久美子

ー豪雨や浸水などの自然災害から身を守るために、どの土地が安全なのか見極めることはできますか。

 ハザードマップを見れば、一目で分かります。
 ただ、みなさんハザードマップを見る時に、自分の家とか目的のある場所だけを見て終わっていませんか。
 本当は、「何を根拠にしてハザードマップを描いているか」というところまで知っていただきたいんです。

 例えば水害。
 ハザードマップには浸水予測範囲が描かれていて、各場所の浸水深しんすいしんが示されていますよね。
 浸水深の根拠となるのが標高ですが、標高だけを根拠にするならハザードマップを作らなくても、段彩図だんさいずでいいじゃないかとなるわけで。
 まだ何か根拠にしているものがあるはず。
 じゃあ、それはいったいなんなんだろう。

 そもそも平野は、”川が氾濫しては土砂を溢れさせること”を、繰り返してできた土地なんですが、平野に周りより少し高い土手状の自然堤防という地形があるの、ご存知ですか。

ー聞いたこと無いです。

 まず、川は流れが速いと大きなものが運べて、遅いと小さなものしか運べませんよね。
 そして、氾濫する時の川は、水の流れが速く、土砂や木などが混じった濁流で、いろんなものを運んでいます。
 そんな濁流が川から溢れると、途端に水の流れが遅くなるので、溢れたところに大きな砂粒が溜まっていくんですよ。
 大きな砂粒はかさがあるので、溜まることで他の場所よりちょっと土地が高くなる。
 それを繰り返して、自然堤防ができます。

 昔から、自然堤防を集落や畑にし、周りの低くなってるところを水田として利用していました。
 だから、昔水田だった後背湿地こうはいしっちと呼ばれる土地は、川が溢れると水が流れこみやすく、浸水深も深く、更に水が抜けにくいんですよ。

 このような自然堤防や後背湿地といった地形が、浸水域の根拠の1つになったり、昔川だったところは土地利用していても水が溜まりやすいので、その情報もハザードマップに反映させています。

ーそうやって、ハザードマップは作られるんですね。

 今のは自然的な地形の話ですけど、最近は新しく線路を作ったり、土地の嵩上げをしたり、人工的に地形を変えることが多くなりましたね。
 その影響で、川が氾濫した時の水の逃げ方が変わり、昔なら水が溜まらなかった場所が浸水してしまう場合もあります。

 一方、川が溢れることで作られていた平野が、地殻変動などでだんだんと隆起し、現在では段丘と呼ばれる水に浸からない場所になっています。

現地調査から得ること

西日本豪雨・西予市桂川渓谷調査写真 写真提供:川瀬久美子

ー先生は、どのような分野がご専門ですか。

 川や川が運んだ土砂でできた平野や、平野の地形発達が専門です。
 広く言えば川や土砂の堆積地形たいせきちけいが専門なので、西日本豪雨の時は肱川の氾濫でおきた浸水の深さを調査に行きました。

 どのような調査かと言いますと、濁流には草やゴミが混じっていて、軽いものは水の上の方で浮かんでいるので、氾濫した水がひいたあとは水に浸かったぎりぎりのところに、草やゴミ、細かい土の粒子が付いています。
 そういった痕跡を探して、道路からの高さなどを調べました。

 あと、私の専門からはちょっと外れるんですけど、西予市にある桂川渓谷はご存知ですか。

ー名前だけは聞いたことがあります。

 桂川渓谷は、四国西予ジオパークのジオサイトに設定されている、紅葉が綺麗で岩の迫力もある、すごくいい場所です。
 ですが、ここも西日本豪雨の時に上流で土砂崩れが起きたり、谷川が増水して谷が土砂や石ころで埋まったり、遊歩道や渓谷を渡る小さな橋がいくつか流されてしまいました。
 しかし、その後いったん埋まった谷間が、雨が降るたびにどんどん削れていくので、どんな様子で地形変化が進んでいくのかを、継続して調べています。

日々の暮らしを楽しむ知識

松山平野の泉(三ヶ村泉) 写真提供:川瀬久美子

ー地理学に興味をもっている方に、一言お願いします。

 地理学好きは、地図好き、鉄道好き、旅行好きの3パターンにだいたい分かれますね(笑)

 自然地理学に興味があって旅行好きな方は、地理学的な知識や物の見方を身に付けていただくと、毎日の暮らしや旅行先で風景やものを見ることが、楽しくなります。
 また人文地理学に興味がある方だと、旅行先で郷土料理を食べた時に「どうして、こういうものを食べるようになったんだろう」という見方ができるようになりますよ。

 とにかく世界は日々変化していくので、学ぶことは本当に尽きません。
 ぜひ、地理学的なものの見方や知識を身に付けて、毎日をおもしろく過ごしていただきたいです。


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