サルバドール・ヱビ・ノート

もうかれこれ数年間
A4のノートを使いながら仕事をしている。
一つは罫線が入っているA4ノート。
もう一つは無地のA4ノート。
罫線のノートはリーマン用ノートで
無地のノートはプライベートでも何でも
ありとあらゆることが書かれている。
罫線ノートが37冊目
無地ノートが20冊目となっている。
今日やるべきこと
今日以降にやるべきことを
毎日罫線の方のノートに書く。
無地のノートはポンと浮かんだ
アイデアをメモしたり
何かを書きながら思考する時に使う。
先日、デスク回りを整理していたのだが
デスクの引き出しに
ずらっと並んで収納されていた
罫線のノートを全て廃棄した。
一瞬だけ残しておくか考えたが
躊躇なく捨て去った。
躊躇なく捨て去った自分がいたのだ。
なぜ躊躇しなかったのか。
そのノートは自分のようで
自分ではない気がしたのだ。
無地ノートや日記は自分の分身であると思う。
もちろんこのブログも。
無地のノートには
むき出しの自分がそこにいる。
罫線のノートには
剥き出しの自分がいない気がしたのだ。
もうすぐ無地のノートだけのスタイルに
私は移行するだろう。
ノートへ書き殴るペースが
著しくあがっていくことだろう。
無地のノートは何十冊になっても
捨てないと思う。
それつまり生きるを生ききるである。
コロニャーゴに負けてなんかいられない。
覚醒しなければならない時が
すぐそこまで来ているのだ。

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