ミッションと宿命について

企業にはミッションがある。
なぜその企業が存在しているのか。
その企業が何をどうしていくのか。
それを方向付けるためにも
ミッションはあるべきである。
ミッションがないならば
そこに属する人々は何をどうしていいか
わからなくなってしまう。
しかしミッションが存在していたとしても
そこに属する人々がそれをどうでもいいと
考えていたらどうだろう。
とても弱い力で
皆が繋がっているに過ぎない状態である。
企業のミッションなどとは関係なく
何らかの事情でその企業に
属することになった人が
ほとんどであったりはしないだろうか。
食べていくためという理由だけで
属しているというケースが
ほとんどということも十分に考えられる。
経営者だけがそのミッションに
強い思いを持ち他を引っ張っていくのも
一つのやり方ではあるが
「ミッションを共有する」ということを
真剣に追究するべきではないかと思った。
共有可能なミッションの追及と
言い換えてもいいかもしれない。
そしてもう一つ追究するべきことがある。
人一人一人が背負ってきた運命
いわゆる宿命というものも
考えていかなくてはいけないだろう。
極論の世界になるかもしれないが
その人の宿命と企業のミッションが
アンマッチするならその人はその企業に
属するべきではないのかもしれない。
ミッションと宿命の関係性について
時代が進むにつれ
テクノロジーが進化するにつれ
激しく議論されるようになるだろう。
超現実珍談士の予言である。
おっぱおぱおぱっ!!!

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