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読書感想:最悪 (講談社文庫) 著 奥田 英朗

【どうしよもない最悪は、人の運命を容易に弄ぶ】


【あらすじ】
お先まっ暗、出口なし。それでも続く人生か?

小さなつまずきが地獄の入り口。転がりおちる男女の行きつく先は?

不況にあえぐ鉄工所社長の川谷は、近隣との軋轢や、取引先の無理な頼みに頭を抱えていた。
銀行員のみどりは、家庭の問題やセクハラに悩んでいた。
和也は、トルエンを巡ってヤクザに弱みを握られた。
無縁だった3人の人生が交差した時、運命は加速度をつけて転がり始める。

比類なき犯罪小説、待望の文庫化!

Amazon引用

騒音苦情に悩む鉄工場の川谷、セクハラに悩む銀行員のみどり、窃盗や恫喝で生きる和也。各々の人生が交錯した時、最悪な事態へ転がり込む物語。


今の人生を必死に変えようと足掻く程、悪の道は見え隠れする。
騒音苦情で工場を再起しようと銀行に融資を依頼する川谷。
上司のセクハラで会社を辞職するみどり。
小さなミスでヤクザに追い回される和也。
銀行強盗を巡り、奇妙な運命共同体となった彼ら。最悪な終着点の中で、僅かな希望があった事が、彼らの人生の救い。

リアルな描写と再現力が際立ち、人間の心理描写と何気ない行動がストーリーを持ち、心理描写で行動が決まっていく、皆、ごく普通の人たちだからこその転落劇。
選んだ行動は、どちらにせよ善悪の結果として自分に返ってくる事。

ドツボに嵌っていくと形容するが如く、転落していく人生。
誰がというより3人全員悲惨な目に遭っていくが、他人事とは思えないほど同情させる部分がある。 

そしてとある事件をきっかけに、
全員で逃亡するハメになり、いっとき心を通わせ離れ難くなるのだ。
荒れた日々を送る3人はお互いの苦労に共感したのか、心の奥底に思いやりの感情があることを悟ったからか。
当事者だからこそ分かる、人生の清濁に辛酸を舐めさせられた苦悩を寄り添いながら、共感していく。

精神的余裕の無い時に限って、自分の身を軽んずる言動やお為ごかしな対応ばかりが重なる。
そのせいで精神はさらに追い詰められる。
その極まった苦しみの中では、自分が何を根拠にどんな判断をしているかすら、自分でも最早、認識できなくなってしまう。
もう後先考えずにどうにでもなれといった自暴自棄な心境だ。

考え抜いた結果で選択した筈なのに、そしてそうするしか無かったのにも関わらず、どうしてこうも悪い方へ悪い方へと運命は流れてしまうのか?

一つひとつの問題に誠実に向き合って解決している筈なのに、次から次へと雪崩のような問題が押し寄せてくる。
資金繰りから騒音訴訟、資金融資トラブル、娘の進学資金手当て、従業員の出勤拒否問題、元受けからの不良品クレームなど。
何故、こんなにも人生が上手くいかないのか?
不幸に陥ってしまうのか? 
登場人物達の人生を追体験する事で、その原因が次第に分かってくる。
何とかしようと足掻けば足掻くほど、真綿で首を締めるような窮地が襲ってくる。

人は環境、立場、能力で様々な決断を強いられてくる。
そんな状況に抗う為に試行錯誤を繰り返すが。
徐々に膨らみ始めた風船が、溜まりに溜まって限界寸前になり、最終的に耐えきれず、破裂してしまうような独特の緊張感とカタルシスがあった。

普通の善良な一般市民だとしても、追い詰められれば、凶悪な事件を起こしてしまうような、けして他人事だと笑えない緊迫感が常にあった。
感情は簡単に壊れるけど、簡単には元には戻らない。
出口のない穴の底で、爪を立てながらよじ登ろうとするかのような徒労感と絶望。

ここまで、三人共に人生の選択をミスしてしまうのはある種の悲劇か。
他人を信用しすぎるのか、期待しすぎるのか。
だから、目もあてられない取り返しのつかない失敗をする。
自分で蒔いた自業自得だとしても。
仕方がないよなと同情する余地がある。
人は誰だって苦しければ、藁にもすがる。
捨てる神あれば拾う神ありと信じてみたくなるのも理解出来る。
そんな人間である故の弱さ、悲しさを、次々と訪れる苦難が追い詰められながらも、守るべき物を失ったとしても、また人生をやり直せる、僅かな希望を見いだせた。

確かに冷静になれば打開策はたいていある筈なのに、その苦境に陥っている時はとにかく必死だ。
何が正しかったかなんて終わってから分かる物で、まさしく人生の縮図といえる。
考え得る限りの不幸ドミノを積み重ね。
それでも、最悪な状況でも、自分の行動は選ぶ事が出来る。
見栄をはらない。
ない袖は振らない
情にほだされない。
そういった諸々に、毅然と対応出来れば、防げたであろうと人生の不幸。
しかし、人は弱いからこそ、一寸先は闇であるのも事実であろう。

最終的には、三人共、憑き物が落ちたかのような辿るべき結末に落ち着いた。
終わったと思った人生が第二の自分の人生として再出発出来るのは、この最悪に彩られた物語において唯一の救い。

これからは、全うに生きて、犯罪の後遺症に負けないで欲しいのだ。




















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