昔ながらの教育。意味のないことは改善しよう。
こんばんは! ファゴット奏者の蛯澤亮です。楽器を吹いたり、youtubeやnoteで情報を共有したり、コンサートの企画運営をしています。一緒に人生を楽しんでいきましょう♫
ここ最近、教育についていろんなことが言われてますね。
私の子供の頃は普通に先生からゲンコツされてました。廊下に立たされることもあったし、、、流石にバケツを持たされることはなかったけどw
高校生でも悪いことして殴られたやつとかいましたね。
音楽の世界でも教育法は色々と変わってきています。私の世代はちょうど狭間の時代だった気がします。
ということで昔の定番を考えてみたいと思います。
挨拶は大声で。どんな時でもする。
挨拶は大事ですよね。
でも練習を切り上げてまで先輩が通るたびに挨拶するのって非効率でしょ。それに別に大声じゃなくてもいいし。私の学生時代はまだ先輩に会うたびに大声で挨拶するという伝統がありました。
大声よりも楽器でしっかりフォルテを鳴らせ。挨拶で大声出たって楽器は鳴らないぞ。
ただ、印象をよくするためには爽やかな挨拶は大事ですね。でもやたらめったら会うたびに大声で挨拶するのは常識的にどうなんでしょう?
指揮者に言われたことは元気に「はいっ!!」
これは特に、吹奏楽部あるある。
でも返事すればいいってことじゃないでしょ。たまに理解してないのにとりあえず返事してれば満足してないか?っていうのは指導している人がよくいう話。むしろ大きい声ですぐに返事したら言われたこと忘れそうw
言われたことをしっかり考えて理解することの方が大事です。
指導者がこんなことを言う時があるそうです。「ちゃんと返事しないと理解してるかわからないだろ!!」って軍隊か??それ、指導者の自己満足でしかありません。
音が小さい人に大声を出させる。
あのさ、声がでかい人はでかいのよ。
でも楽器を鳴らせるかどうかは別なのです。
いくら声が大きく出せたって楽器で大きい音を出すのは全く別の話。事実、私もトランペットをやってる時にやらされたけど(中学生の時)、実際に音が大きくなったのはアンブシュア変えてしっかり息を入れられるようになった時。大声出せなくたって大きい音を出せるし、音楽表現だってまた別な話です。
シャイで静かな人が感情的で熱い演奏をする場合もあります。
某音大名物「大声で自己紹介」もなんの意味もありません。ただの青春の1ページでしかない。
裸で踊るくらい自分をさらけ出せないと音楽で自分をさらけ出すことなんてできないよ
これは言う人いたんですよねー!まじでさ、バカじゃないの?むしろさ、裸で踊って良い演奏できたらみんなやればいいんじゃね?もはやこんな意味もない精神論言う人いないだろうけど、一昔前は言われてましたね。
裸で踊れたって技術がなければ音で表現なんてできません。裸で踊る前にもっとやることあるでしょ。
もちろんそう言う趣味のある人は勝手にやってください。捕まっても知りません。少なくても他人の迷惑にならないようにしましょう。
意味のない精神論は無くしていこう。
ということで、昔の指導あるあるを書いてみました。と言ってもまだこういうことやってるとこありそう。。。
でも書いてみたら最初の三つに共通するのって結局大声なんですよね。なんか大声万能説みたいなのが昔あったのだろうか?あれ、日本人って静かな民族じゃなかったっけ?(笑)そのコンプレックスからきてるのか?
またこのネタは書いていこうと思います。だんだんマニアックになりそうだけど。
皆さんが思う昔のあるある指導って何ですか?
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