スキル『人魚姫』の15歳

「あんた、スキル『人魚姫』をそんなに使えるのっ!?」

異世界の女はびっくり仰天してオレを見た。かすかな優越感があったが、たまさかトラックにはねられて異世界転移したこのオレでももう3年目の異世界人だ。

なぜ、こうも驚かれるのか、理由はわかっていた。

「ああ……。ここは、オレに任せろ」
「わ、わかったわ。でも、あんたにそんなところがあったなんて。……意外だわ〜」
「ほっとけ!」

異世界人がまじまじした瞳でオレに魅入る。オレは、スキルを発動させた。声もなく無詠唱でやってみせたもんだから、女賢者はますますびっくりして呆けていた。

「うそ……、あんたにそんな、力が」

(――『人魚姫』!)

オレの全身が、泡に包まれて、そして酸素に消化されるみたいにして溶け出した。ぺちゃんこに胃から脳までひしゃげる感覚があったが痛みはなく、眼球も溶けてはいるが、オレには見えていた。つまりオレは透明人間になったのだ。これぞ、ユニークスキル『人魚姫』だ。

泡になって風となり、誰の目にもうつらなくなる。スキル所持者は非常に貴重だ。

オレは、風になったままモンスターたちの晩餐会をすり抜けて、宝箱に触れた。手は金属の箱をも通過して、内側から音もなくカギを外してしまう。そして、中身である、次なるエリアのカードパスを掴むと速やかに身を翻して、モンスターたちに気づかれないように出入り口まで駆け抜けた。ふ、と風が触れる程度にはモンスターに振動が届いたかもしれない。

酒を飲み、ガハハと笑い、彼らは気がつかない。こちらの勝ちだ。

出入り口の外に隠れている女賢者。耳元で、そっと囁く。

「オレだ。次のフロアにいけるぞ」
「うわ。やだ、ほんとに使えるのね……、あんたみたいなやつが、『人魚姫』を」
「悪いか?」

いいながらスキルを解除すると、泡が人型に集まってプクプクして、オレが元通りに復活する。オレの人魚姫タイムが終わった。

悪くはない、と賢者は、それでも信じられなさそうな目つきでオレを見る。わるくないと言いながら信じられないなんて、聖職者にしてはこの女も俗物である。

彼女は、やっぱり気になるようで、移動開始の最中で小声でたずねてきた。

「スキル『人魚姫』って……。片思いを……。30年間しつづけてないと使えないハズのおかしなスキルなのよ? あんた、何歳よ」
「15歳の天才だよ」

面倒なのでオレは自分は天才と言いはっていた。この異世界では、実際にオレは天才的な行動が可能だし、このくらいの嘘は許容範囲だろう。

女賢者は冷や汗を浮かべる。と、ともに、なにやら嫉妬心めいたひがんだジロリとした半眼の目つき。

「天才、天才ね。でも生まれる前から好きだったひとがいるわけ。へえ。へ〜ぇ……」
「過去の話だから」

面倒くさそうなので、フォローは入れた。
そして、オレに好意があるらしい賢者さんを見て、オレはふくざつな気持ちがした。異世界転移する前のオレの体は49歳の老人手前、孤独死寸前のさびしい平凡男だった。40年以上前からずっと、引きずっていた。初恋。を。

隣の家に住む幼馴染で彼女はとても貧乏だった。パパ活などしはじめて、オレは気が狂うかと思った。さらにはキャバクラで働くし、幼馴染のオレは、好きな女の子が自分を壊していくのを隣でただただ見ているしかできなかった。
幼馴染の彼女は、金持ちの年寄りと結婚した。元の世界では30年前の出来事だ。

オレの初恋は、時計の針を止めて、ずっと彼女を指していた。彼女が変わりはててしまっても。
トラックに轢かれたのも、彼女の子どもを庇ってのことだ。

そんな経歴のある、今は異世界では15歳のオレだ。オレは、転生したときから、『人魚姫』の加護を受けていて『人魚姫』スキルはすべて実績解除済みだった。

普通に生きてたら、まず解除されない実績ばかり。『人魚姫』のユニークスキルは、生涯まるごとを初恋にささげて殉死してこそ手に入るようなものばっか、だ。

なんてオレに相応しいんだか。

「……だれなの?」

女賢者が、顔をまあかに染めやしながら、やっとの思いという感じでオレに聞く。オレはふくざつな気分で苦笑い。

仕方がないから答えた。この女賢者さんは、オレとこの世界で初めに出逢ったひとで、オレが変人でも受け入れてくれている奴だ。あとリアクションが面白い。

「おいおい。聞くだけムダだろ。『人魚姫』のスキル所持者なんだからさ、オレ」
「……でも……。あんた、やっぱ、おかしいわ。そんなに熟練の『人魚姫』なんて、この世界のどこにも存在するわけない」
「ここにある。なぁ、アリサ。大丈夫だから」

なんだか、顔をまっかにして、ツンケンしてオレの出生やら人生やらを問いただしている女賢者が、眩しかった。オレの初恋はこんなふうだったはず。初めの、最初の、出だしは。きっと。

「大丈夫だから」ともう一回言って、いつものセリフをくちにした。やれやれだよ。
オレって、特に前世界のオレって、なんて悲惨な人生だよ!

「悲恋だしもう終わってるからな。人魚姫も太鼓判を押すほど、終わりきってる話!」

「……だからあんたって何歳よ!」

女賢者も、いつもの疑問を叫んだ。オレ達の旅は、オレの人生は、今はこんな感じ。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。