禍福とケーキづくり

あかるく、白色があたりに貼り付いた。一瞬の光は連続する。ぴか、ぴかと部屋が白くなったり暗くなったりを繰り返して、ミコトは怯んで硬直した。
外では、稲光が無数にうずまき、予報通りの異常気象。雷の音が太鼓ゲームのようなリズム感でつらなって大気をうちふるわせる。結局、怯えながら手足を四つん這いにして、ほうほうのていでミコトはつけっぱなしのパソコンの電源を落としに向かった。

スリープ状態にあったこれを落とすと、ようやく謎のフラッシュ現象が終わる。室内が落ち着いた。

外での異常気象は続いている。
とんでもない、嵐だ。

「世界でも終わるのかよ」

ひどい天候ぶりに、悪態はつく。
でも、パソコンが異常動作をしようが、発光現象があろうが、酷い天候だろうとも、ただの人間一個人であるミコトにできることなどなかった。

だれしもそうだろう。
テレビも雷が怖いので消しているが、テレビではきっと報道ニュースとして雷警報や被害などを流しているはず。マンションのそとでも、無数のくちに雷の話題があがっているはず。今日はずっと雷の話だろう。
「……あ、テレビ東京だけは、マーメイド・ラグーンだっけ? あのアニメを放送してるかもしんないな……」
ちょっとだけテレビをつけたくなるが、でも危険かもしれない。手出しできなかった。
さすがのテレビ東京も、こんな日は報道ニュースか? それは、それを見てしまったら、いよいよ世界が終わる実感がしてしまう。

でも、どう大騒ぎをしても、地球の天気が問題となれば、だれにもどうにも変えることはできない。
人間がジョウロでアリに水をかけようが、アリにはどうだってできず、ただ水に押し流されてしまう。
おなじだ。人間にできることはない。

ただ。人間は、人間の生活がある。
切れるだけの家電の電源をきって、ひっそりと息をひそめて、この世が終わる寸前であると告げるような雷雲に怯えながらも、ミコトはオーブンは稼働させていた。オーブンの無事を祈っていた。こんな天気だから、今から外に買い出しに行くのはとっても危ないだろうから、祈るしかない。

ちーんっ!

静寂と雷鳴が交互にとどろく室内に、軽快なチャイムは響いた。
ミコトは短距離をバッと走ってオーブンから即座にそれを出し、そして歓喜の声をあげた。
大急ぎで生クリームの準備をはじめて、電気は怖いので自分の手でひたすらにクリームを泡立てた。オーブンのほかに稼動させてる家電である冷蔵庫から買い置きのイチゴをだして細く切り刻んだ。焼き上がったスポンジケーキに、慎重に切り目をいれて、これを3段に、切り分けると、生クリームを搾り出してイチゴを並べてスポンジケーキを重ねて、3層を作る。そしてすべてを覆うべく、生クリームを全体にひっくるめてぬりぬりする。

世界が、星辰が、どう狂おうとも。

人間には人間の生活があって、それは昨日と変わらない。人間は生きている。明日のためにそれぞれの生活と人生を持っている。

だから今日、ミコトは、異常気象のせいで学校が休校になろうとも、ケーキづくりに乗り出した。
次は、あるひとの無事を祈ってただ、暗闇と白い光に照らされるマンションの一室でただ、じっとする。雷が酷かった。龍のような竜巻のような黄色い線がときおり、まばたきの刹那に走り、その直前にはドオオ……ン、と、おおきな衝撃と音が高鳴った。世界は本当に終わるのかもしれない。避雷針はいつまで耐久できるのだろう。

玄関の鍵がまわる音がした。
ミコトは、ソファーから立ち上がって、また短距離走をやって玄関のドアに飛びつく。開けられるまえにドアを開けた。

「パパ!! おかえりっ!!」
「おぉ……。あぁ……」

びしょ濡れのサラリーマンは、目をよぼよぼさせて、すっかりと疲労困憊だった。やつれて濡れ水漬。雷が怖いから、傘を差さずに走って帰ってきたという。
「でも皆そうしてたよ。いや、駅からでないひとのが多かったかもな。きっと今日、あそこで避難して寝泊まりする人も多いんだ」
「災害だよね」
「でも、いまごろはお前が待ってると思って。父さん、こりゃ走るしかないなって」
「父さん。お風呂、沸かしてくるよ」
「電気大丈夫か?」
「わかんない。でもとりあえず、パパは濡れてんじゃん」

ミコトは、笑顔を浮かべた。外でドンドンと世界が終わるような音がする。雷が連続して落ちて、地表を焼き払っている。

でも、世界が明日終わるとしても、今日は、昨日のつづき。どんな災害があろうとも生活は明日もきっとつづく。生きてるかぎり、それは連続する。だから、父子家庭で育ってきた女子高生は、こんな天気災害のなかにあってもケーキづくりをしたし、笑顔にもなった。

「パパ、お誕生日おめでとう! ケーキを焼いといたよ。お風呂からでたら食べようよ」
「おう、パパもチキン買ったぞ。びしょ濡れになったが」

父子は笑いあって、給湯器はちょうど『おふろがわきました』なんぞ喋ってミコトは電気をつけるかわりにツナ缶に開けた穴に紙を通してあるやつに火をつける。自家製ランプはあちこちに置いてある。

世界の明日はわからないが、今日はまだ今日。
そして今日は、ミコトのパパのたった1日しかない誕生日。だからミコトはケーキをつくるし、笑うし、昨日やりたいと思っていたことを、今日やるのである。
どしゃ降りの雨がたえず窓ガラスを叩き、ビチビチとうなっていた。



END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。