ガイコツにより世界は変わる

人魚肉を食うと不老不死を得られるという。ときの権力者は齢70、迫りくる夕闇の刻限に日々怯えるようになり、かつては名君と謳われた尊き政務者としての誇りを失っていた。かれは、死ぬことがこわかった。

死にたくねぇ、死にたくねぇ、なんでおれは人民に尽くしてただそれだけで生涯が終わってしまうんだ? わがまましてぇ、暴君になって欲望正直に生きてみたかった、薄汚い欲望がご隠居の胸に闇をきざして汚していく。命の晩年を迎えるにあたって、人間の醜さが病のように、名君を冒した。ついには人魚探索を命じてかれは永遠の命という、夢に溺れた。国力と人員とこれまで育てた最高の騎士団は、かつての栄華をいまだ保ち、忠節に尽くして王に応えようとした。ほうぼうに散らばって人魚を探索してまわる。探索してまわる。聖杯探索が如き、万能の肉を求めて!

ある夜更けに報せはもたらされた。王の玉座に、奇っ怪な半身半魚の魑魅魍魎が召し上げられた。王はそれをためらわず食った。その夜、それからの残りの人生は、健やかでかつての名君らしき立派なものであったという。

死の恐怖を忘れた名君は、名君として最後に名声を取り戻した。名誉と栄光がかれに戻ってきた。さながら死者の復活。

そして、ある朝、小姓が起こしに寝室の窓を開けに行くと、王はを覚まさず、永眠した。眠って動かず、冷たくなっていった。

人魚探索を知っている者たちはひそかに落胆した。あああのような世迷言、うわさ話、そりゃその程度。永遠の命なんてありはしないさ。王も愚かでひとりの人間であったのだなぁ、さぁ、国葬だ。

そんなわけで棺が用意されて王は土に眠った。ところが、王の魂は死体となっていようがそこにあり、骨まで朽ちようがそこにあった。ガイコツと化して数十年で王だったそれは動く術とコツを心えた。骨をカラカラいわせて棺を内側からやぶり、土から骨手を突き出し、墓場から這い出した。

世にも恐ろしきアンデッド種族がこの世に誕生した瞬間、で、ある。

かつての国に戻ればアンデッドは騎士団と戦争になった。アンデッドは死体に骨をしゃぶらせてアンデッドを増やした。アンデッドは軍団を編成する。なんせ『もと』は、あの名君のご長寿王様である。

こうして世界は変性して、アンデッド種族は人間を脅かす蛮族として知られるようになった。アンデッド軍団は各国共通の脅威となりいくども大戦が繰り広げられていった。

すべては人魚探索に罪があり、アンデッドの源はあの王様である、とは、人間は誰も気づかなかった。脳みそを失った王様自身も次第に肉付きがあったころの記憶を失い、ただ単なるアンデッドの一匹になりさがった。

すべては、泡沫のように。

曖昧模糊になった。

アンデッド軍団と人間たちの戦争は、これから先、ほんとうに不老不死を得た人間の寿命みたいにして、かれらが行き続いているかぎりに繰り返される運命にあった。悲劇である、が、神は此れを喜劇と定めて、世の変わりようを由とした。

人間ではないものの感覚など、人間が知るべきではなかった。その教訓を知るはずの元凶のアンデッドは、やっぱりもう、ただのガイコツになって何も言わぬ。


END.

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