終末!! ゾンビウォッチ!!

「うわーおぅー。ニンゲンってほんとに滅んだんですねぇ」

ぺたぺと。濡れた足音をひきずって、オスのメルルカが地表線まで見渡した。人間の生息圏としては田舎にあたるここでも、ゾンビ・パンデミックはもちろん及んでいる。荒れ果てた田んぼに、雑草が天高くうずまく草原に、ゾンビが何本もワカメのように。ワカメって地上にも生えるのね、なんてイヤミを言いたくなるほどワカメは立っている。

メスのペルーは、咳払いをしてはしゃぐ弟をたしなめた。

「ニンゲンたちが不死者になっているのはともかく、野生動物は危険。観光旅行だからって気を抜かないで」

「海のなかより平和に見えるけどなー。密度が低いです。生命の密度が」

「だから、ゾンビだから」

連中の呼吸にはなんの意味もない。酸素も二酸化炭素も消費しない。

ワカメというならば干した乾燥ワカメのが正しいか。

メルルカは両腕を伸ばし、二又に別れたニンゲン風の足をうんと使って、4本を楽しんで歩く。観光地は、吹きさらしの家屋も崩れかけて、見栄えもわるく、そして滅びていく文明の臭いがした。

人魚メルルカとペルーにしてみれば、何万年と生きてきて何度も遭遇したニオイだ。懐かしくすらある。いつからか、文明が滅びかかって完全に溶け消える前に、文明旅行をするという習慣が古代魚たちに根づき、この時期は海の魔女は千客万来で大忙しになった。ほうぼうに皆が散らばるなか、メルルカとペルーは、香川県の沿岸部からちょこんと上陸して、ひなびた生命をからかっていた。

「姉さん、うどん、だって。なんだろうね」

「イソギンチャクみたいな、食べもの? 食べるんじゃない? 生えてるのかも」

「山に生えてるイソギンチャク。変な生活してたんですねー。イソギンチャクを啜って生きるなんて。うどんの旗、あっちにもこっちにもありますね、姉さん」

「今度の文明はけっこう永かったから、食べ物がたくさんできたんだろね。イソギンチャクを自分たちで栽培してるのかも」

「でもニンゲンは魚を食うくせに。ずいぶんと贅沢な食生活だったみたいですね」

「雑食だったのね」

2匹の評論家は、テキトウを言いながら足音を濡らしながら笑いあって通りすぎる。ゾンビたちは、もといワカメたち、は、メルルカとペルーには見向きもしなかった。

魚ではあるが、メルルカもペルーも怪魚だ。生き物の呼吸はしないし、ペガサスや幽霊といったものと同じ生命体なのである。ゾンビなどが存在を感知できるはずもない。

もし、ニンゲンがいたなら、彼らの眼には捕まっただろう。眼の進化した哺乳類だから。それも死んで濁ってしまえば、真昼でも夜のとばりが降りたみたいなものだ。メルルカとペルー、そしてすべての旅行者たちは、自由に好きに文明が死んだ世界を闊歩できた。

「次はなんの生き物が進化すると思います? 姉さんは」

「そろそろ昆虫とか? やっぱり連中、ずっといるのに何を考えてるだかわからないし、どんな文明になるんだか興味があるな」

「昆虫! えーでもそれって地下世界じゃないですか?」

笑いあって。

終末のゾンビを観光しながら、濡れた体の人魚たちは、背中に海水を詰めたパックを背負ってコレを少しずつ体に浴びせながら、歩をすすめる。終末旅行。

次の終末は、いつ、どこの誰の滅びになるだろう。人魚種たちの密やかな賭け事だ。


END.

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