正月のハレ忌肉(たんぺん怪談)

無病息災。その一念で2020年の荒波を生き抜き、しかし漁師は今年いっぱいで船から下りる覚悟だった。寄る年波には負けた。ところが、よりにもよって2020年のとしのくれ、置き網に、奇妙奇っ怪奇々怪々たる生物がひっからまっていた。

まず、水死体かと思われた。だけど足が無い。

漁師はこんなものは80年間、見たことが無い。だが、伝え聞いた与太話は知っていた。上が人間、下が魚類、それなる生きものは人魚といって、不老不死の霊薬であるという。

よりにもよって、年末。明後日には娘家族、息子家族、孫たち、親戚がいちどうそろって食を囲む。さらに2020年。近年の人類にとってみればかつてのスペイン風邪がよみがえり、死の臭いがしている。


だからこそ。


と、神なるものがおわすなら、年老いた漁師の愚行を憐れんだかも知れない。

正月の朝、おなじく老いた妻が今年もおせち料理を煮たり詰めたりやっていた。年が明けて元漁師となったその男は、妻よりも早く起き、つまり日の出る前から台所に立っていた。

「おや、あんたさん、どったの?」

元漁師は答えた。めずらしい魚が捕れたので、刺し身と煮物にしちゃろうと思うて、と。すでに 《それ》 は捌かれてきられて正月料理にばけていた。妻は例年どおりにおせちの仕上げをはじめた。例年どおり、一族郎党そろって、2021年のご時世にも関わらず、全員が帰省してきているので、全員がおなじものを食べる正月のおせち料理がふるまわれた。


遠い未来の話にはなるが、あの2021年、コロナなんだから帰省なんてやめりゃよかった、と、100歳を超えても幼女の姿を保っている、一族郎党皆が奇っ怪な化物にばけてしまってされども生き残りとなった、あの漁師の孫娘は、自分の年齢やら不老不死やらが暴かれるたびに愚痴を漏らすようになる。姿形こそは10歳にもならぬ彼女はただひとり、さながら漫画の吸血鬼のようにして、独りきりで、流浪の旅路を歩んでいた。

行く末など無い、悠久永遠の繰り返し。あの元旦が永遠に悔やまれた。



END.

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