ドーナツの愛憎

タカには、きらいな子がいる。けれどタカは呼び出されて彼女の家に行く。なぜなら、彼氏彼女の関係だからである。

「ギャア!! 油ァ!! ドーナツちょー無理なんだけど!?」

「無理ならすんなよ!」

エプロンをつけた高校生カップルは台所でずっと騒ぎっぱなしだ。彼女が、人魚姫がァ〜ッ!! など悲嘆を上げた。

「人魚姫のドーナツが油の海で分解してくんだけど! タカちゃん、食べてよ!?」

「残飯処理じゃねえんだぞ!」

タカは本当に彼女のこういうところがキライだった。

ドジで、そのくせ責任は身近な誰かに回して、そのくせこうである。ドーナツの惨事を一通り終えると彼女はイスにかけて「あー!」とうなり、満足げにニヤついた。

「アタシすごかない? ドーナツ! バレンタインに手作りドーナツよ。どうよ、この女子力ってやつ。タカちゃんも鼻が高いでしょ〜」

「俺がほとんど全部作ったけどな!!」

こういうところ。手柄がないくせに自慢して勝手に満足するところ。本当に、自分本位な女である。タカはそこが大嫌いだ。

結局、きちんと成形されたドーナツは、タカがつくったオーソドックスな丸い穴空きのドーナツだけだ。ところが、しかも、彼女はこれに文句をつける。

「タカのってつまんないよね。独創性ないっていうかさ」

「どれもこれもサーダーアンダギーみてぇなドーナツになったくせによく言えるな、てめえは」

「あー!! ひっど!! 酷くない!? 誰のために作ってやってんのよ!!」

「うるせ。ドーナツでも食ってろ」

「ひでー。サイテー! あっ。でもタカちゃんのドーナツ、けっこうウマいわ」

「で、俺のはそっちの焦げたカケラみてぇなドーナツどもかよ……」

本当に、イヤな女だし、イヤなカノジョだ。自分勝手で自分主義がすぎる。

しかしながら、彼女は美しい黒髪を自前のストレートヘアーとして垂らし、今はポニーテールに結んでいてうなじも露わでなんとも言えず色香が漂う。部活ですこし焼けた肌、すらりとしたバレー部員らしい細長い手足、爪先までかんぺきにしなやか。彼女はまろみを帯びて曲線だらけの少女である。

その姿はタカを魅了する。恋とは中身の問題であると賢人は言うらしいが、タカの場合は、ちがう。タカは彼女の姿を愛していた。

ニキビができても、怪我をしても、人間らしくて好きだった。年老いても姿勢よくぴんとする彼女を外見だけで愛していけるだろう。

「んっ。タカのドーナツ、おいしい。やだー、なまいきー。アンタ、そつなくなんでもこなしすぎだよね」

「うっせぇわ!」

タカは本気で青筋を立ててどなる。が、彼女とはカノジョカレシの関係であるし、今年のバレンタインデーも円満にすぎることだろう。タカが我慢することによって。

タカは(ちくしょう)胸中に恨み節をあげつらねた。我慢している。してるのに!

「はー。アタシのドーナツ、色々とライオンやったりマーメイドやったり挑戦的だわ。天才じゃん! アタシのがタカよりすごい。ちゃんとホワイトデーも考えててよ」

「うっせーうっせーうっせぇわ!」

「アンタそれ歌ってんの?」

「つうか、片付けまでやれや! なんて俺ひとりで洗ってんだよ!!」

最悪のカノジョに、しかしタカは頭があがらないのである。すべてはタカ好みにキレイでカワイイせいだった。外見が。

あるいは、人魚姫が実在するなら、人魚姫が王子様に恋するッという図式もこんな関係性かもしれない。タカは思った。外見100%の恋愛感情なんじゃ?

……ろくでもないな。独り、孤独に思い、ため息しながらタカは洗い物を終えて蛇口を閉めた。いつの世も惚れたほうの負け、という話だ。


END.

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