生死の才能と欲しい歌

生きるのに才能がいる。生き続けるなら、ただ時間を見送って立ちっぱなしでいると、あとから苦い思いを味わう。

動物とはそういうものだ。本能があり、生殖機能があり、子孫繁栄の意思をどうしても刻まれている。

そんなルールから解放されたい。
そんな、一心で、小隣孝雄(ことなりたかお)は、不老不死を探求しはじめた。孝雄が40歳をすぎてからで、周りの友人たちはそろそろ子育てもクライマックスに入ろうとしていた。

孝雄は、遅まきながら、人生でやっともっとも熱心に勉学に励んだ。民俗学。ファンタジー。歴史。古文書。そして、これぞ、とアタリをつけると、amazonでドロボウ用の目出し帽やらバッドなどを購入した。足がつかないよう新しいスニーカーも。

孝雄はバッドをふりまわし、地方のとある展示スペースに不法侵入した。
強盗である。
窃盗である。

またもバッドを叩きおろし、ショーケースを割った。
取り出したるはヒモノのミイラである。下半身はアジのひらきのようで、上半身は小猿のようだった。展示名のプレートには『人魚姫のミイラ』とあった。

防犯設備もなく、サイレンもなく、そんな雑な展示スペースを立ち去り、孝雄はamazonで買ったドロボウグッズをすべて公園のゴミ箱に捨てた。柵をまたいで着替えのリュックをとり、そのままタクシーを捕まえてホテルに向かう。

そうして、孝雄はこれぞという人魚のミイラを奪い取った。
しかし、彼は、食わぬうちに死ぬこととなった。

孝雄の耳に聞こえてきたのは、船乗りがかつて聞いたという、セイレーンの歌声のような誘惑の唄であった。うずしおに身を投げろといざなう、魔性の声であった。

『みっともない。不老不死になってもアンタは後悔をするよ。生きる目的が今でさえ無いのに、そんな時間を無限にしてどうするの? なにをする? やりたくないことしかないのに? 不老不死なんてね、楽なものじゃないんだよ。アンタには耐えがたい地獄でしかないさ』

果たして幻聴か、人魚の魔力か、セイレーンの歌声か。
はたまた、孝雄の本心であったのか。

孝雄は、青白い血管を浮き彫りさせながら鬼の形相でヒモノを見下ろした。
にらみ合いはつづいた。

明朝には、孝雄は、ホテルのゴミ箱に歌うそれをそっと入れて、背を向けてホテルをチェックアウトした。ロビーにて、テレビの地方ニュースで、役所に強盗が起きたと、テロップが流れていくのを目にした。孝雄はなにも考えるものかと念じて、やはり背を向けた。

それきり、孝雄は、研究をやめた。
ただ、晩年に結婚をした。二歳年上の女性で、ファンタジー小説などが好きな夢見がちなおばあちゃんであった。

孝雄は、彼女の話す、夢ものがたりが、とても大好きになった。
この優しい歌声こそ、おれが欲しかったものだ、と。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。