トリュフチョコの溶け方

水のなかにチョコレートは残らない。水を濁らせてドドメ色みたいに汚すだけ。
中途半端な好意なんてそれと同じ、晴之はそう思う。

「本気で好きって言うけどさ。理想像? マンガのキャラ? ドラマのヒーロー! そういうの求めてくる奴、うんざりする」
「またなんかあったのか」
「バレンタインにラブミ振ってやッたわ」「うっわ……」

晴之の親友、鳴海は、スマブラのスマッシュボタンをカチカチする指を止めず、広角をひきつらせた。

「それか。ラブのインスタ、病んでたぞなんか。ポエムっててリスカするきもちわかっちゃったとかなんか」
「放っとけ。ヤル気なんかねーわ。アイツ自分ノカラダ大好きだから」
「まーな。ヤラんだろうな、でも美男美女で気分いいって……」

「なんかどうせ虫除けなんだわ。アイツのヒーローじゃねーし。アイドルの追っかけして三十路まで偶像追っかけて婚期のがしてほしいわ」

「くちわりぃし性格わりぃしそのハメ技やめてくんねーかな!?」

「システムにあんだからアリだろ」

ウィナー!! ほどなく、画面に勝者が讃えられた。晴之である。
ため息とともに、晴之はコントローラーを床に起き、缶ジュースをひとくち飲んだ。イチゴみるく。そして、苦い顔になった。

「アイツ、ブラックコーヒーを飲めだってさ。目が覚めるとか頭が良くなるとかいってさ。イチゴみるくやめてよ、だと」
「おまえの好物じゃん」
「鳴海わかってるぅ。んだよ。ドラマかアイドルの設定でも読んで妄想してろッつの」
「性格わるいなー。次やらんのか」
「休憩。チョコ食おうぜ。ラブミ、手作りってたけどこれ絶対ミコちゃんのチョコだから。うまいよ」
「あー」

わらわら、とでも語尾につけたそうに、鳴海が前歯をのぞかせた。ミコは、いわゆるフォロワーだ。楽風美(らぶみ)の金魚のフンだ。取り巻きのひとり。
地味で頭を染めていてもたびたび、プリン頭になっていて、美容室がよいが下手な子だ。
特徴はないように思えるが、晴之も、鳴海も、個人用のアカウントでは彼女をフォローしていた。料理上手で、趣味がスイーツづくりで、高校生なのにショートケーキのホールなんて手作りできる女子高生なのだ。

光沢のあるラッピングをほどき、トリュフチョコが並んでいるのを見て、晴之と鳴海は笑いあった。

「やっぱし、ミコちゃんがインスタにあげてたチョコじゃん! あー、付き合うならミコちゃんだよな」
「やめろや。俺の友達だから」
「へーへー。……、マジでミコちゃん、どんな娘なん?」

「おまえには教えんわ」

「なんだよ。匂わせるぜ? オレ、もあ鳴海と付き合うかって」
「ミコ、そういうこと気にしねっつか、喜ぶぞ。好きにすれば? つうかな、まじでミコはダメだからな。美少女食いしてろ」
「あーあー、わかってるわかってる。安心おし、鳴海くん。カップルニナれりゃいいなぁ」

「ミコトは、そおいうんじゃないから」

鳴海が、トリュフチョコをかじりながら、頬をにやけさせる。晴之はそのとき、目を卑屈に細めて鳴海とその後ろの女の子を恨んだ。

なんでそういう幸せ、ふつうな幸せ、テレビドラマで演ってるしあわせ、手に入らないんだろう?

「……やっぱミコちゃんのチョコ?」
「んだな。これはミコの味だわ。つか、これのもっと甘くしたやつもらってるし」
「へー。……そっちのが食いたかったッつの……」

ダークビターなトリュフチョコを男ふたりでつまみながら、自分の部屋で、自分の王国で、なんでも手に入りそうな顔面を待っている笠間晴之は、平凡な鳴海ユキを羨んだ。

羨ましくて、僻んだ。

(やっぱり濁った人間なのか。こっち側は。おまえの側には行けんのか、鳴海)

晴之は、好みではないビタートリュフを食べながら、甘い甘い鳴海のトリュフチョコを想像する。友情を壊すつもりなんてない。親友と、その友達が、うまくいけばいいと何度も思った。そのときは自分の良心を覚えるし気持ちが暖かくなる。だが、しかし。

ビターチョコは、ドドメ色の濁り水をじんわりと晴之の全身に広がらせた。

「……どっちか、もらえば、ソッチ側に行けるんかな」
「なんの話?」

さぁ、な、晴之はてきとうに答えた。苦くて嫌いな味がくちで間延びする。


END.

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