見出し画像

アート⊿ライフ026 : 小説『武勇伝』

 元旦に机に向かい、親指を素早く動かして、中学一年生の息子がスマホにフリック入力していた。何をしているのかと覗き込むと、スケッチブックに書いた自作のショートショートを入力していた。そう言えば、すでに三作品できているとの事で、共有してもらった、作品その1。

『武勇伝』

台風は勢力を上げ、間もなく上陸しようとしていた。その中に台風の円から抜け出した風があり、畑の中の小さな風力発電へと向かっていた。
 その時、豪雨の中一人で立つ人間らしきものが感じとられた。
 名を鈴木敏郎。二十年程、畑仕事や風力発電の管理人などを務め、決して裕福とは言えない生活をしていた。
 その辺りにはビルはもちろん、村や町などもなかった。つまり、自然が一面に広がる世界。そんな環境が彼には最適だった。
 彼は自然をこよなく愛して生きてきた。自然の怒り、喜び、悲しみなどを感じ取るのが、彼の生きがいなのだ。
 台風の影響のため、畑にビニールシートを掛け、自然の怒りを感じていた。その時、その風がやってきたのだ。
 凄まじい風の音がなる中、彼はその風が何か話しかけているのに気が付いた。
 嬉しいな。俺を発電に使ってくれるなんて。そういうの大好きなんだ。
 おっと、紹介を忘れてたな。俺は長い間、それこそ、空気が出来た頃に生まれ、空気と一体化して生きている。俺は色んな所で色んな顔をして生きているが、実は心は一つなんだ。
 俺は昔から感情に身をゆだねて来た。怒りは暴風、通常は穏やかな風、呆れは無風だ。今日の台風や、最近の異常気象も、全て俺の怒りだ。人間は俺のすみかを汚しやがるからムカつくんだ。結局、なんの変化も起こそうとしないから呆れてしまうんだがな。
 だいたい、昔から天気を動かしているのは雲みたいに言われているが、雲を動かしているのは俺。つまり、天気を動かしているのは俺なんだ。
 そういえばな、俺は大昔に帆船を動かすのを手伝ってやった事があるぞ。お前が今ここで生きているのも、俺のおかげかもしれねえぜ。
 あ、他にもとびっきりの武勇伝があるぜ。少し前にな、あるりんごの木に向かって怒りをぶつけたらな、りんごが落ちたんだよ。そのりんごを頭のいいやつが見てたらしくてな、なんか物と物とが引っ張り合う力っていうのを発見したらしい。つまり、その大発見をしたのは、俺のおかげなんだぜ。
 そう言ってその風は消えた。
 強風の凄まじい音はおさまり、ビニールシートに打ち付ける雨の音だけが残っていた。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?