眠ったあとの世界から目覚めてみんな夢みたい

ホテルの朝は、家の朝とおなじくらいに冷えた空気にみちており気持ちがよかった。

出版した本の刊行記念イベントがあり、きのう大阪へやってきた。着替えて廊下に出ると部屋と同じくらいしんとして寒い。

ロビーの前にセルフサービスの朝ごはんが並んでいて、トマトジュースとコーヒーとおにぎりと、まさかのたこ焼きがある。この旅では食べられそうにないからひとつもらった。そりゃそうだろうけども、ちゃんとたこが入っている。

部屋で支度をしながらつけたテレビに竹原ピストルさんが出演されていて、自分は人前で歌うのが好きで好きで、歌いたいから歌わせてもらえる場所で歌っているだけ、伝えたいメッセージはない、といったようなことを話していた。

歌で勇気づけられたというお客様がよくいらっしゃるが、もともとその方に自分を勇気づける力があったんだ、とも。

きのう書店のシカクで行われたイベントで、僭越ながら私も「伝えたいメッセージなどはなくて、ただかっこいい文章が書きたいだけで書いている」みたいなことを生意気にも話し、まさかこれは考えが繋がってしまってるんじゃないかと、勝手に勝手にそれはもう勝手に、大スターと似た思考の自分よ! と心奮わせた。

神戸で書店さんへのごあいさつ巡りをさせてもらうことになっている。元町駅でシカク出版のたけしげさんと待ち合わせて、昨日に続いて今日もふたり旅。

たけしげさんは大阪の人だけれど神戸にも詳しくて、よかったら私の好きな三宮一貫楼の豚まんを食べませんかと、行列に並んで買ってベンチで食べた。たっぷりの玉ねぎで甘い、食べたことのない方向性の味でこれがとてもとてもおいしい。

たけしげさんは私の顔を見て、私が「おいしい」と言う前に「おいしいでしょう」と言ってにこにこしている。神戸の街が大好きな感じが伝わってくる。「うん、おいしい!」

それからまずは書店の1003さんへうかがってサイン本を作らせてもらい、続いて徒歩距離にある本の栞さんへも。どちらのお店も日記の本を同人誌で出していたころからお世話になっている。

私の本は神戸や大阪の書店さんがとても熱心に売ってくださる。シンプルに、内容に笑いどころが作ってあるからじゃないかと、なんとなくたけしげさんと話した。

1003さんで教えてもらったみゆきというお蕎麦屋で甘く味付けした、牛スジ肉の乗ったうどん、ぼっかけうどんを食べまたうまい。大阪へ行く。

梅田の駅の全貌のつかめなさには今日も驚くしかない。たけしげさんは「大阪の人間でもむずかしい」と言う。「コツは地上に出ないことです。地下でなんとかすること」だそうだ。たしかに、状況を打開しようとして地上に出たところでいよいよ迷うのが梅田のこわいところだ。

夕方からイベントハウスの梅田ラテラルへ。

昨日はスズキナオさんとたけしげさんと3人でエッセイにまつわるトークをして、今日は大阪に根差して編集の仕事をされている藤本和剛さんと日記についてお話することになっている。

普段からあちこちのイベントで司会をされている藤本さんのよどみない運びでなにひとつ困ったことなく進んだ。

藤本さんの日記の本『プールサイド』は、どしっとしたエピソードと美しい描写によるエッセイ的な読み心地が特徴的なのだけど、本業である編集者としての手つきから自然とリーダブルであることを目指して、結果そうなったのではとのこと。

内心を書きすぎるのは照れるし、すこし気が引ける、だから描写に力を入れたともおっしゃって、気遣いが人を描写に走らせるということが、そういばあるかもしれないと思わされた。

京都に行って、神戸に行って、大阪でイベントに出て、あこがれの関西にまたほんのすこし近づけた気がする。

私は東京で生まれて神奈川と埼玉で育って東京に住んでいる。関西に縁ができて、なにかさせてもらうなんて信じられないことだ。ただうれしいし、これぞ「光栄」そのものだ。

何事もなく終わってよかったですねと、2日間びったりお世話になったたけしげさんとねぎらいあいながらラテラルを出た。

私はこの2日間、もし財布やスマホをうっかりなくして、たけしげさんが組んでくれたスケジュールを乱すことがあったらどうしようとずっと薄っすら緊張していた。本当に、なにもかも予定通りでほっとするばかり。

それを伝えると、たけしげさんは「私はうんこをもらしたらどうしようとずっと思ってました」と言う。

えっ。

「急に体調を崩して、お腹を壊したらどうしようと、古賀さんにご迷惑をかけるようなことがあったらと思ったら不安で。ご迷惑というか、そんなことがあったら人間としての尊厳が終わるわけですが」

ほがらかでゆったりとした雰囲気のたけしげさんが、社会的な死の恐怖とともに2日間過ごしていたとは思いもしなかった。

スマホをなくすどころじゃない。「想像を超えてくる」とはまさにこういうことをいうのだと思った。御堂筋線の改札まで送ってもらって、ひじをだきあって別れた。

20時すぎの新幹線の売店はもうあれこれ売り切れだ。ぼんやりとしてサラダチキンとチーズケーキとビールとコーラをあばれ買い。すかすかした棚から買い物をするのは片づけをしているみたいで調子が出る。

新幹線でビール飲みながら、パソコンをフリーWi-Fiにつないで今日が締め切りの生協の注文をした。

夜おそく東京に到着するともう今日ではないような、眠ったあとの世界みたいだ。

くぐもった夢のなかを泳いで帰りつくと、いつもの家にいつものように子らがおり、夢からさめる。

するとこんどは神戸や大阪でのことが、万事夢のようなのだ。


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