見出し画像

三千世界への旅 魔術/創造/変革13  ユダヤ人の「魔術」5

夢判断という特殊能力 


もうひとつ、旧約聖書「創世記」に出てくる特殊能力に、ヨセフの夢判断があります。

これまで見てきたように、「創世記」は歴史を記した文書というより、創世神話に近い物語なので、そこに出てくることをそのまま事実とするわけにいきませんが、ヨセフの物語に繰り返し出てくる夢判断は、ユダヤ人が自分たちの技能をどうとらえていたかについて、重要なヒントを与えてくれると思うので、神話の背後に隠れているものを分析する感じで、この夢判断を取り上げてみます。

夢判断はジークムント・フロイトの精神分析学でも重要な役割を果たす技術ですが、もう少し具体的に言うと、人の見た夢の内容を分析して、その人が抱えている問題を推理する技術だと言えます。

精神分析では医者が患者の夢を分析して、彼の抱えている心理的な問題、その原因である家族や生活の問題を解明し、患者がそれを理解することで、心理的な苦しさから解放します。

ヨセフがエジプトで行ったという夢判断が具体的にどんなものだったのか、「創世記」の記述からはわかりませんが、もしかしたら王の個人的な心理的な悩みではなく、もっと大きな政治に関することについて、王の夢を分析して助言するといったことだったのかもしれません。


ヨセフの夢判断とカナン追放


「創世記」の物語によると、ヨセフはヤコブの末っ子でしたが、幼い頃から夢を見てその意味を考える子供だったと言います。彼は自分が作った藁束のまわりを兄弟たちが作った藁束が拝む夢や、太陽と月と11の星が自分を拝む夢を見て、これは自分が兄弟たちのリーダーになることを予言していると考えました。

これを兄弟たちに正直に話したためにヨセフは彼らから憎まれ、商人に売られてしまうのですが、結局彼はエジプトで夢判断のプロとして成功し、兄弟たちと一族をカナンから呼び寄せてリーダーになりました。

ヨセフがエジプトで官僚の家の下僕から出世できたのも、夢判断でまわりを驚かせ、王の夢を正確に分析したからだといいます。

なぜ彼は夢判断で成功できたんでしょうか?

古代エジプトやメソポタミアには占星術があり、天体の運行を監視・分析しながら、農業のスケジュールを管理するのに使われていたようです。古代人は大体どの地域でも、こうした古代なりの天文学で、自然界の変化や神々の意向を察知していました。

ヨセフの占星術がエジプトで評価されたのは、それが当時のエジプトでは知られていない技術だったからかもしれません。

僕は古代エジプトや古代オリエントについて、一般向けの本しか読んでいないので、詳しいことはわかりませんが、その時代のエジプトで夢から何かを判断することは行われていたとしても、ヨセフはそれをもっと高度で精緻な分析とか説得力のあるロジックを使って行い、まわりを驚かせということなのかもしれません。


古代のコンサルティング


夢判断は精神分析で相手の深層心理を読む技術です。さらに、そこから相手を取り巻く環境や問題について、有益な助言をする古代のコンサルティング技術でもあります。

古代のコンサルティング技術には、占星術など占いの技術がありますが、夢判断もその一種と考えることができるでしょう。ただ、夢判断は相手の心理を読み、相手が自分を取り巻く環境とどういう関係にあって、そこからどんな印象、プレッシャーを感じているかといったことを理解分析する必要があります。

これは単なる想像ですが、ヨセフは王の深層心理を読み、彼が国や王族や家臣たちについてどんな悩みを持っているか分析することができたのでしょう。夢だけでなく、実際に見聞きした情報も活用して、分析・推察したのかもしれません。


ユダヤ的魔術としての夢判断


彼の夢判断が王への助言として評価されたとしたら、それは人の深層心理から国家・政治など幅広い分野を理解し、考える力を持っていたからでしょう。彼は夢判断によって王の助言者、ブレーンになりました。

古代では神々に祈って交信し、正しい指示を受けるのは、元々シャーマン的な存在として生まれた王や神官たちの役割でしたが、夢判断は古代でも特殊な能力だったようです。エジプトの王や神官たちにとって、それは彼らの知らない神秘的な術、魔術のようなものと受け取られたかもしれません。

ここにもユダヤ人が当時の常識を超えた知性や創造性を持っていたことがうかがえます。


バビロンでの夢判断


時代は下って、新バビロニアにユダ王国が滅ぼされ、バビロンに連れて行かれたダニエルが、そこで能力を評価されたのも、ネブカドネザル2世の夢を的確に判断したことによるものでした。

この夢を分析する能力にはいくつかの重要な意味があります。

ひとつは夢判断の能力が、未来を予言する能力、神の考えを翻訳する能力であると考えられていたということです。

旧約聖書に登場する神ヤハウェは極めて人間的で、ノアやアブラハムやモーセなど、自分が認めた者に直接語りかけ、何か具体的なことを命令したり禁止したりするのですが、ヨセフやダニエルにはそういう直接的な語りかけはなかったようです。その代わりに彼は自分の夢から未来や隠れた事実を予測しました。それが神からのメッセージであるとは書かれていませんが、これはどういうことでしょうか? 


預言者の夢判断


バビロニアに滅ぼされる前、神から命じられて王や神官たちの誤りを正そうとした預言者エレミヤのように、神から直接語りかけられるのが預言者だとしたら、直接語りかけられないヨセフやダニエルは何者なんでしょう? 旧約聖書に「エレミヤ書」や「エゼキエル書」があるように、「ダニエル書」という独立した一篇がありますから、やはりダニエルも預言者なんでしょうか? 

「ダニエル書」には天使が現れて神の意向を知らされる場面が出てきますが、ヤハウェと直接会話できたアブラハムやモーセにくらべると、神との関係は遠い感じがします。

神話時代である「創世記」のヤハウェは人格を持つ人間くさい神でしたが、時が経つにつれてだんだん神話的性格を失い、直接語りかけなくなったということでしょうか? 

でも、「創世記」よりかなり後、ダニエルとほぼ同時代を生きたエレミアやエゼキエルといった預言者には、ヤハウェは直接語りかけていますから、そういうことでもないようです。


神秘主義の始まり


この夢判断のエピソードからわかるのは、ヤハウェが直接語りかけたり与えたりする命令や戒律を遂行する以外に、神の意向を知りたいという願望がユダヤ人の中にあり、夢も神の意向を知る手がかりになると彼らが考えていたということです。

この志向は神秘主義的であると言えないでしょうか?

少なくともユダヤ教神秘主義がかなり古い時代に起源を持つことを、この夢判断のエピソードは物語っているように思えます。そして隠された真理を、様々な事象の分析によって解き明かしていこうとする意欲の中に、ユダヤ人の独創性、創造性、革新性の源泉があるんじゃないかという印象を受けます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?