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元ひきこもりが社会福祉士の勉強をしてわかったこと


私事ながら、この度社会福祉士の試験に合格し、資格を取得することができました。






…長かった😭


二年間の勉強中メンタルの不調に悩まされ、障害福祉の仕事も半年も持たず退職しその後一年以上就労していない状態で、



え、自分ワーカーどころかクライエントじゃん



とモチベーションが氷点下まで下がってしまっていましたが、なんとか合格することができました。

とはいえ、マインドとしては未だにクライエントよりなので、社会福祉士の資格をどう活かしていけるのかまったくの未定ですが、

今回は社会福祉士の勉強をしてわかったことを書こうと思います。





さて、社会福祉士の勉強をして私がわかったのは、

社会福祉士の仕事を知ることで、自分が今いる社会を知ることができる

ということです。


いきなりですが、私は生まれ変わるなら“医者”か“大工”になってみたいと思っているところがあります。

それはなぜかというと、自分の“内”と“外”のことが知りたいと思ったからです。

医者は自分の身体という“内側”のスペシャリストで、大工は自分が住む家という”外側”のスペシャリストである。

自分の身体なのに、自分の体調や病気がわからないのは怖いですし、自分の家なのに、そのつくりや構造がわからないのも心もとない。

自分(が住む家)なのにその内情がわからないという恐怖があり、だからこそ、医者や大工という職業に憧れてきました。

けれど、ふと思ったのが、社会福祉士も同じようなものなのではないかということです。

社会福祉士の勉強とは、社会の制度や仕組みを知るということです。

自分やまわりの人が困ったとき、頼りになるのがその制度や仕組みです。


私自身を含め、人はいつどこで転落してしまうかわかりません。

自分なのに自分らしく生きられないことのもどかしさ、苦悩を抱えながら生きることを余儀なくされてしまうことが、誰にでも起こり得ます。

そんなとき、困っている人と社会資源をつなげる、いわば“ブランケットをやさしく肩にかけてくれる”ような職業が、社会福祉士なのではないかと思うのです。


自分の身体や住んでいる家の構造を知ることも大事ですが、自分が今いる社会を知ることも大事です。

困ったときに、こんな制度があるんだ。

つまづいたら、ここを頼ればいいんだ。

社会を知るということは、その社会に生きる自分を知るということです。

医者は自分の身体という内側を知る。大工は自分が住む家という外側を知る。

ならば社会福祉士は、自分が生きる社会というもう一つの外側を知る重要な職業なのではないかと思いました。



ただ、ここで一つ問題なのは、普通・・に生活していても、社会福祉士とのかかわりがないということです。

社会福祉士は、医者や大工と違って仕事内容がいまいちわかりません。資格を取得した私ですら、実をいうとあまり詳しくはわかっていません。(福祉職のキャリアが浅いというのもありますが)

支援の対象者は、高齢者、障害者、児童、低所得者、刑務所の出所者など多岐にわたり、社会福祉士は社会に欠かせない存在ではありますが、

医者や大工のように、絶対的に必要不可欠というイメージがあまりない気がします。

ケガをしたから病院に行こう、家を建てたいから工務店に頼もう、といった具合に医者や大工はわかりやすいのですが、

社会福祉士は日常の中で、自分やまわりに困っている人がいたときに、“社会福祉士さんに相談しよう”

と、日常の困りごとと職業が直結しにくいイメージがあります。

もちろん病院や福祉施設が関わっている場合は別ですが、一人ひとりの悩みや困りごとの多くは日常生活に潜んでいて、実情は多岐にわたります。

そんなとき、社会福祉士に相談しようという発想がなかなか持てない気がします。



2014年に、社会福祉士を題材にしたドラマ『サイレント・プア』が、深田恭子さん主演で放送されました。

そこで、

“押し付けた幸せの形がかえってその人を追い詰めることもある。ひとりずつに向き合うことは限りなく難しい”

と上司に言われた主人公は、こう答えます。

いろいろな形があるなら、その一人ひとりに向き合って、その人が本当に望む形を、一緒に考えていきたい。その先にある大きな幸せの花を咲かせることが、本当の福祉。そう思いますから。

『サイレント・プア』第3話より



私たちに一人ひとりに、“大きな幸せの花を咲かせる権利”があります。

どんな状態で生まれてきても、どんな苦悩を背負っていても、私たち一人ひとりに平等に、大きな幸せの花を咲かせる権利があるんです。

その大きな幸せの花を咲かせるために、何ができるのか一緒になって考えることのできる人が、社会福祉士ではないかと思うのです。

もちろんキレイごとにも聞こえますし、現実はそんなに甘くないことは私自身が重々承知ですが、

社会福祉士は、一人ひとりが心から健やかに自分らしく暮らす上でとても重要な役割を担っているのです。


加えて、地域福祉の担い手は“地域住民”であると、社会福祉法に規定されています。

地域住民、社会福祉を目的とする事業を経営する者及び社会福祉に関する活動を行う者(以下「地域住民等」という。)は、相互に協力し、福祉サービスを必要とする地域住民が地域社会を構成する一員として日常生活を営み、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されるように、地域福祉の推進に努めなければならない。

社会福祉法 第四条より引用

地域の困りごととなると、どうしても当事者だけで孤立してしまい、

その苦しみやつらさをわかちあい、みんなで一緒に考えていこうといった考えがあまり共有されない気がします。

何より私自身が、もし順風満帆な人生を過ごしていたら、きっとここまで福祉に対する興味が持てていなかったと思います。

姉の自死があって、自分のひきこもりの経験があって、今もなんともいえない生きづらさを抱えているからこそ、

福祉ってなんだろう、社会ってなんだろう、自分が今生きている社会の仕組みを知りたい、という興味関心があり、それが今回の合格につながったのだと思います。



今の時代、誰がいつどんなことがきっかけで、クライエントの側に転落してしまうかわかりません。

そもそも本来、私たちは一人ひとりがクライエントであり、同時にワーカーなのです。

私たちは人を励ましたり勇気づけながらも、多かれ少なかれ傷や脆い心を抱えて生きています。

そして、いつどんな状況で前に進めなくなってしまうのか、誰にもわかりません。

大事なのは、誰であっても、どんな立場にいる人でも、私たち一人ひとりがワーカーにもなり得るし、クライエントにもなり得るということ。

つまり言い換えれば、ワーカーであってもいつも人を適切に助けられるわけじゃないし、クライエントだからといって人をエンパワメントできないわけじゃないんです。

多文化共生が叫ばれるこの時代に、一人ひとりが自身の心の傷や脆さを抱えながらも、それを前提にしてお互いが協力し合い、

一人ひとりが大きな幸せの花を咲かせていけるよう、力を寄せ合ってできることをしてくことが必要なのではないか。

資格があるとかないとか関係なく、一人ひとりがクライエントでありワーカーであるという意識が必要で、

お互いがお互いの弱さや脆さを持ち寄り、強い絆を紡ぎ出していく。

そんな姿勢が大事なのではないか。

それが、私が今回社会福祉士の勉強をして感じたことでした。





…思った以上に熱く語ってしまいました。

病院や施設で働くのはいろいろと難しいので、社会福祉士の資格を活かす方法、何かいいアイデアがあればどなたか教えてください😅



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

あなたの暮らしが、少しでも優しく穏やかで豊かなものになりますように…🍀


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