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日々の活動の中で 目に付いたものをコメントします 昔話も大好き お若い方々が生まれる前…

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日々の活動の中で 目に付いたものをコメントします 昔話も大好き お若い方々が生まれる前の話も致しましょう

最近の記事

夜の一人歩き その2

どこかの大学の先生が 「最近の東京都心には 貧しき労働者の住む場所がなくなった」 などと 古いマルキシズム風の話をしているのをネットで チラッと見た記憶があるが 労働者はともかく この夜 庶民の姿を 虎ノ門界隈で見かけることはなかった 日比谷通りを渡って新橋に近づくと 生活臭が戻ってくる 煌々と明るい居酒屋の店先では 道路に出したテーブルで 飲み交わすお客も そうこれが 新橋だ 銀座に入ると 今度は両手に買い物の紙バッグを下げた インバウンド観光客らし

    • 夜の一人歩き その1

      2か月ほど前 日曜の夜に  赤坂見附から東銀座へと 一人 散歩する 日焼けしなくてよろしい 赤坂見附はまだ開いている飲食店も多く 客引きや 街を歩いている人の 雰囲気も 猥雑な感じが ふんぷん 溜池に出て アメリカ大使館の方に 入っていくと 途端に暗くなり 角角に立つ 警察官が こちらに 目を向けてくる 虎ノ門界隈に入ると 街の様子は 昔と一変している あのマッカーサー道路の辺りは 再開発により 高層ビルが林立していて オフィスビルもマンションもあるようだ

      • 電車の中で見かけたもの

        この間、朝方に電車を利用したら、 途中の駅から小学校低学年の子供たち5、60人ぐらいが 乗り込んできたのです。 3両ほどに分かれて乗車していましたが、 みんなお揃いの黄色の帽子をかぶっていて、 一瞬、ひよこの集団が現れたのかと思ってしまいました。 みんな荷物を持って居ないから、遠足ではないですね。 動物園とか水族館の見学に行くというところでしょうか。 驚いたのは、引率の先生と思しき大人の一人が、 白人の女性だったのです。 父兄のボランティアなのか、もしかする

        • 六本木の昔話

          六本木の街も様変わりしたので最近のことはよくわかりません。 時々昼間に通り過ぎることがありますが、ゴミゴミ感は昔より増したような気がします。 もっとも昔というのはまだ首都高がなく、都電が走っていた頃のお話。 六本木の交差点の辺りだと、まずは喫茶店Aでしょ。 新橋、赤坂にもお店がありますが、よくお茶したものです。 芋洗坂へ降りていくところのビルの地下にあったイタリア料理Cは、とてもカジュアルで リーズナブルな値段でしたが、その代わり猥褻な落書きもありました。 麻布

        夜の一人歩き その2

          地下鉄の三歳児

          地下鉄に乗り遅れそうになって 慌てて  最後尾の車両に飛び乗りました 替わりに降りてきたのが ベビーカーを押して 小さな男の子の手を引いたママ 見ていると ホームを改札の方に歩いていくでもなく  そのまま立っているのです 男の子は おめめの大きな 三歳児くらい  どうやら 電車が出発するのを見ようとしているのですな しかし お目当ては 最後尾にいる 車掌さんのようで 車掌さんが窓から身を乗りだして 安全確認する様子や  指さし確認するところを すごい集中力

          地下鉄の三歳児

          時 それは残酷なもの

          夕刻 地下鉄に乗ろうと街を歩いていたら  下校途中らしい 女子中学生の一群に 出くわしました  改札に向かうエレベーターに乗ったら 彼女たちも 一緒 満員のエレベーターでしたから 見なくても お嬢さんたちの顔が目の前に 申し訳ないのですが 顔の造りからすれば 飛び切りの美形は居ないのですが スッピンでも その皮膚がすさまじいほどに 皆さん美しい エレベーター内の照明の加減もあったのでしょうが  シミもしわも 全くない  殻をむいた卵のような すべすべの顔で 

          時 それは残酷なもの

          幻想から抜け出られない日本人 その3         

          さて駄文も最後になりますが、 日本にある幻想の最たるものは戦後の平和国家論でしょう。 自衛隊、軍事、安全保障といった一切を拒否して思考を 停止し、ひたすら平和を目指すという幻想が 長年にわたって日本をおかしな方向に引っ張って来たのですが、 最近ようやく普通の国家がとるべき真っ当な進路が とれるような議論がなされていると思います。 続いて、「経済大国日本」というのも幻想の一つではないかと思います。 戦後の日本の経済成長は偶然の産物であり、環境に恵まれただけです。

          幻想から抜け出られない日本人 その3         

          幻想から抜け出られない日本人   (その2)

          前回の投稿ををイントロにして、昔書いたものを  以下のようにリライトしてみました。 …………………………………………………………………………………… 世の中を見ていると 日本人というのは、本当にのんきな、甘い国民では ないかと思います。 コロナ禍の時には「もっと給付金が必要だ」という世論でしたし、大学の研究費が足りなくてノーベル賞になるような研究ができないとか、もっと福祉予算を充実すべし等々新聞紙上では、国の対応やその裏付けとなる予算が足らないと言われています。 また

          幻想から抜け出られない日本人   (その2)

          幻想から抜け出られない日本人   (その1)

          この間の日曜日、新宿の雑踏を歩いていたら、 「増税反対」という紙製のボードを掲げたグレーヘアーの 女性に出くわしました。 年の頃からして、学生運動華やかりし頃のオールドマルキストか 「市民運動家」に分類される方なのでしょうか。 ちょうど朝日新聞の原田真人記者が出した対話集 「アベノミクスは何を殺したか」 を手に取っていたところで、 その本の中で、先の見通しもなく財政規律のタガを外す大規模金融緩和や内容よりは規模に着目したばら撒き予算で日本経済はどうなることやらという

          幻想から抜け出られない日本人   (その1)

          どこかで見たような 大学紛争

          ガザでのイスラエルとハマスの戦闘について、 アメリカのいくつかの大学では、イスラエルの残虐な攻撃に抗議するデモ、座り込みが行われていると ニュースを 見ました。 中には、パレスチナ支持派とイスラエル支持派の人たちが キャンパスで殴り合っている光景もあり、1960年代末から70年代初めの日本の大学紛争の時もこうだったんだなと 思い出しました。 日本では革マル派と中核派と民青が、角材、ヘルメット、タオル姿で抗争を繰り返していましたが、 アメリカの光景を見ていると何や

          どこかで見たような 大学紛争