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ポメラで日記74/「香りのない世界」から生まれるもの


香りのない世界


嗅覚が消えた。

劇的なアレルギー反応が起こった月曜日から火曜日の日中、私は全く匂いを感じなかった。

副鼻腔炎もひどいし、通年性アレルギー性鼻炎も持っているし、年末くらいからあまり匂いを感じなくなっていたが、月曜日は本当に嗅覚が消えたのだ。

月曜日、北とランチして、私はチキンライス的なものを食べたのだけど、自分が何を食べているか分からない。

北はカレーを食べたけど、それも匂いがなかった。

自分が使っているシャンプーやボディソープも香らない。

昨日の夜から少しずつ治ってきて、今日も朝から徐々に良くなってきて、ほっとした。

しかし、「香りのない世界」とは、もしかしたら究極に清潔な世界なのかも知れない。

「体臭のない男達」


私がはじめて付き合った男は、6股というとっても精力的に女性と付き合っていくタイプの男だった(LINEマンガで6股殺す、みたいなタイトルのマンガを見つけて笑った。読んでない)。

1993年、メンズ香水も一般的な感じになっていて、「香害」な男性も多かったが、その男は上手に香水をつけていて、ほのかにいい匂いのする遊び慣れた男にあっさり遊ばれて、恋は3ヶ月で終わった。

次に付き合った男は、どこかの快楽殺人者がたっぷり嬲って殺してくれないかな、と思うくらい今でも嫌いだが、この男、体臭が非常に薄い男だったのだ。

煙草を吸う男だったので、煙草の吸った直後は、苦い煙草の匂いはした。

しかし、決して潔癖症ではない(毎日風呂に入らないとか)そいつの、「体臭」を感じた事がない。

姉がいて、その姉の使っている香水だか整髪料(的な強い匂い)が移っていることがあったけれど。

次に付き合った男からも、「体臭」を感じなかった。

その人は煙草も吸わないし、また強い香料のシャンプーなど使う人ではなかったので、本当に無臭だった。

真夏でも汗臭いなど思った事がない。

その人とも別れ、付き合っているわけではないが、北と親しい関係になったが、こいつも「体臭」がない。

「匂いあるよ」

と、北は言う。

北は煙草を吸うのだが、決して目の前で吸わないし、手を洗ったりうがいをこまめにして、煙草臭さというのを感じたことがない。

一回、北が幼なじみと海に行って、そのままうちに来たとき、珍しく潮の香りをさせてきたことがあったが、本当に一回だけだし、あれは体臭ではない。

家族と暮らしている北だが、お母さんからは、

「臭い」

と言われるらしい。

北はスルメが好きなのだが、前に誕生日プレゼントにスルメを10袋ほど買ってあげたら、なんと2日ほどで食べたらしい(小さいのでなく、正月に飾りそうなでっかいのだったのだが)。

「いか臭い」

と実母に言われて、北は色んな感情が胸を渦巻いたらしい……

今も、おやつはスルメとナッツの男だ。

「廊下までいか臭い」

「加齢臭がする」

と実母に散々言われているらしいが、私は北の体臭を感じない。

遺伝子的に


遺伝子が近い人の体臭は、不快に感じるものらしい。

実際私は、私の母の匂いが嫌いだ。

弟は、あんまり関わらないのでよく分からない。

遺伝子が遠い、自分と相性のいい人は「いい匂い」に感じるらしい。

残念ながら、私は「いい匂い」の男に出会ったことがない。

「無臭」もまた、遺伝子的に相性がいいらしい。

しかし、2番目に付き合った男も「無臭」だったので、この説は受け入れがたい。

また、香水をつけていた6股男は別としても、遺伝子の相性がいい男と3人も「一線を越えた関係」を築いておいて、どれも実らなかったのは、生物としてはよろしくない気がする。

中学のとき、いきなり先輩が首筋に顔を当ててきて

「めっちゃいい匂いがする!」

と言われたことがある。

毎日会う先輩だったし、特にシャンプーや石鹸をかえたわけではない。

謎である。

また、その人は女の先輩であった(普段は嫌われてる感じだったから新手のいじめかと思った)。

「香水が気になるときは……」


興味がなかった香水が気になる、使っていた香水を変えたくなるときは、運勢がかわるサインらしい。

私は28歳から40前まで、同じ香水をつけていた。

相当マイナーだし、また会社自体が大昔に倒産しているらしいから名は秘するが、「フローラル・グリーン」の清潔な香りだ。

昔のカタログが奇跡的に残っていたので見てみると、

【トップ】ベルガモット・イランイラン・リーフ

【ミドル】ジャスミン・チュベローズ

【ラスト】ウッディ・バルサム・ムスク

である。

しかし、つけた瞬間のベルガモットがずっと続いているような、シングルノートのような香りだった。

この会社、定期的に香水を買っていると、サンプルやミニボトルをよくくれていたが、その会社の一番人気の香水のミニボトルをもらったことがある。

「意中の相手を夢中にさせる」

とか、いかがわしいキャッチコピーがついていて、また私には相当甘くて苦手な香りだった。


28歳のときから付き合っていた男性に会うとき、最初は自分のお気に入りの香水をつけていた。

何度か別れてはよりを戻すを繰り返し、不倫関係になったとき、私はその「甘い香り」を纏って、彼と会うようになった。

何度目かの夜に

「昔から君はいい匂いをさせてるね。なにも変わらない」

そう言われて戸惑った。

彼は私が香水を使っているとは知らない。

シャンプーの匂いと思っていたらしい。

ミニボトルがなくなる頃、私たちも別れた。

まあ、そのミニボトルの香水はともかく、お気に入りの香水が買えなくなったのは困った。

似たような香水を探しても、意外とないものだ。

そして、今、なぜか違う香りを纏いたいと思っている。

時の残酷さ


お気に入りの香水、また同じ会社のミニボトルの香水。

それはどちらも、もう10年以上前に別れて、会ってもない男との記憶の香りだ。

ずっと好きだ。

ずっと好きで、彼を忘れることが怖くて、北や望に、狂ったように彼の思い出話を繰り返しした。

しかし、昨年末からの深刻な体調不良。

年始は

「死にかけてる」

状態で救急搬送で入院。

退院してもちっとも楽にならない体。

待ってはくれない仕事。

望の妊娠という嬉しい知らせ。

【辛い】と【嬉しい】なら、辛いことの方が過剰だが、その分喜びは大きい。

そんな日々を過ごして、思った。

「もう、彼に恋はしていない」

一時の迷いかもしれない。

「永遠に忘れられない男」と思っていた。

体調が戻り、またいつものリズムを取り戻したら、「恋心」は復活するかもしれない。

でも、今はもう「遠い」。

こんなに思っていたのに、時間は残酷だ。

カラリアはじめた


と言うわけで(なにがだ)。

香水のサブスク、「カラリア」をはじめた。

嗅覚がなくなりつつある日曜日に頼んで、今日届いた。

ちょうど仕事もはかどり、気分のいいときにやってきた。

切りよく仕事を終え、さっさとシャワーを浴び、まっさらな状態になって、一緒に入っていた情報カードをムエット代わりにして、それぞれワンプッシュ。

アトマイザーはピンクにしてみた

今回、新しい香水に変えたくなった理由のひとつの、Diorの「ディオール アディクト オートフレッシュ」から。

ワンプッシュして、一秒だけ

「わっ」

と思った。

むちゃくちゃ化粧臭い。

一番最初、なにが香ったのか?

スズラン、フリージア、ホワイトムスク、カラブリアンベルガモット。

しかし、それは本当に一瞬で、すぐに満開のフリージアの香りに変わる。

もう3時間ほど経つが、まだフリージア。

私には少し若いかな?

でもいい香り。

次はCHLOEの「ローズド クロエ」。

これは最初、全く香らなかった。

「え?」

また鼻いかれた?

しかし、ゆっくりと香ってくる。

薔薇……?

森茉莉が愛しそうな、薔薇の香りの石鹸。

そんな匂い。

これは今肌にもつけている。

つけてから30分後、わずかな時間だけ「人工的」な感じがしたが、もうなじんで、やはり清潔な石鹸の香り。

若い女性向きの香りとは思うが、この清潔感は年齢を選ばない気がする。

これは、ボトルを買ってもいいかも。

最後は、MAISON MARGIELA「レプリカ オードトワレ レイジーサンデーモーニング」。

カメリアランキング2位で、爽やかな石鹸系らしい。

【トップ】ベアー、スズラン、アルデヒト

【ミドル】アイリス、ローズ、オレンジフラワー

【ラスト】パチョリオイル、アンブレットシード、ホワイトムスク

トップはなんか、アルデヒトがもろに来た感じ。

異臭だった。

その後、ゆっくりミドルに変わる。

アイリスが強い?

アイリスはイメージは好きなんだけど、「パウダリー」な香りと言われる。

白粉臭い。

おばあちゃんの鏡台の匂い。

ユニセックスとは分かっていたけど、あまりにも女性らしさを感じない。

てか、この香りさせた男も好みではないなー。

パウダリーの香りは苦手だったけど、もしかしたら年を取って好みが変わっているかもと思ったけど、駄目だ、これ。

肌に乗せたらまた香調が変わるかも知れないけど、相当勇気いるかも。

しかし、ちょっと自分とは違うイメージの香りを選べるのが、カラリアの魅力だと思う。

「儚い」


またしても森茉莉の言葉にあったように思うが、私は色も原色よりくすんだ淡いものを好むように、香りも、主張のないような儚いものが好きなのだろう。

見知らぬ香りを纏って、ふと昔の男達を思う。

なんの感情もないもの、まだ憎しみで傷がただれているもの、恋の記憶だけが鮮明で、もうそれが本当なのかわからなくなってしまったもの。

香りは淡いものが好きだが、香水のボトルは凝って、癖のある、他にないものが好き。

空になった香水瓶を眺めるように、過去の男達の思い出を眺める。

北は、どんなボトルなんだろう。

近すぎて見えない。

北のボトルが空にならないよう。

それとも、「無臭」な北に、私が香りをつけていくのか。

夢のように脆い香りになりそうだ。


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