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小説 コロナ時代の

 緊急事態宣言が三大都市に出るという時期でも、ティンダーをやっている馬鹿者はうんざりするほど沢山いた。結婚していなさそうな人だけでなく、あとくされのない付き合いを、と誘いかける既婚者まで。今スタバでスワイプしまくっている私もその馬鹿者の一人である。「ToshI@抗原検査毎日実施」というアカウントを見つけた。抗原検査陰性を証明してまでもヤりたいのか。この人はモテてモテて仕方ないのか、モテなくて必死なのかどちらだろう。どちらにせよちょっと面白くて、流れ作業にしたがってライクしておく。せめてイケメンかどうか見ておけば良かったかもしれないが、写真が本人かどうかはわからないのだし。

 距離指定でライクしまくっていたらマッチしたという通知が来た。抗原検査の人ではなくて、やたらとプロフが長い人だった。

 双子座のA型、動物占いでは愛情のある黒ひょう、16パーソナリティーではENFJ-A の主人公型、四柱推命では甲丙乙壬/午辰巳戌/丁戌丙戌/子丑空亡、手相にますかけ線あり、今日のタロット占いは隠者の逆位置、等々とあった。

 さっきのスタバではカフェラテを飲んでいたからカプチーノを頼んだら、主人公型の彼は「カプチーノを頼む女性は、人にかわいいと言われることに躊躇がなく、自分でも自分のことをかわいいと思っている自信家」と言った。

「なにそれ」思わず笑うと、彼はそれをほめ言葉と取ったらしく、口の右端をきゅっと上げて得意そうな顔をして、

「そんな女性はこれからアメリカンチーズケーキを頼む」と言って自分で二つ注文した。

 古今東西の占いについて、彼はとても詳しかった。数秘術、ソリティアで占いをする方法、京都のある神社だけできる、知る人ぞ知る心願成就のおまじない。イヌイットの、北欧の、ポリネシアの、様々な呪術とも祈りともつかない儀式、ささいな日常のおまじない。なんでそんなに詳しいのかと聞いたら、自分で自分がわからないからだと言った。

「占いが新しい自分を与えてくれる。その着物は僕にぴったり合わない時もあるけど、そうすると落ち着くんだ。そうじゃないと形が保っていられない」

「占い好きな男性は、びっくりすると煙になってしまう傾向が」

 私がそう言うと、彼が持っていた紙のタンブラーは支えを失って床に落ちた。マスクを外し、タバコの煙を吐く要領でふーっと吹くと、さっきまで人間の形をしていた黒っぽい煙は店内に薄く広がっていき、隣の女子高生二人組がむせた。すぐに緑のエプロンを着けた店員がやってきて床を拭いてくれた。

 店を出ると抗原検査氏からライクが届いていた。甘いな、抗原検査というからには、ティンダーにつねに張り付いていないと、と思う。ヤった人数だけ棒つきアイスクリームを食べて、その棒を貯金箱に保管している彼の、私が百何本目かの棒になるかは分からない。

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