見出し画像

怒号は混じらずに響く【小説っぽい何か】

 得体のしれないスーパーに、よく行くようになった。

 幼稚園のママに教えてもらった店で、市況の二割から三割くらい安い。たとえば、他のスーパーはきゅうりが最安値でも三本百五十八円のところ、四本で百二十円だったり、三本九十九円だったりする。そんな塩梅で、肉も牛乳も豆腐も安い。おまけに無料発行の会員証を作ると全品三パーセント引きになる。

 看板は店の名前だけ。スーパーともフレッシュフーズとも付いていないし、「新鮮!」とか「生鮮食品が安い!」みたいなのぼりも立っていない。宗教関係者しか使えない、クローズドなスーパーだと言われても納得の店構えで、私も園ママに教わる前から存在自体は知っていたものの、長らく一人では入る勇気がなかったのだ。

 服の店でも、本当は問屋なのだけれど、こっそり一般客も受け入れている店がある。きっとこのスーパーも、業務スーパーと問屋の合いの子みたいなものなのだろう。

 でもやっぱり、いまもちょっとだけ店に入るのに緊張する。

 土曜日、数日分の買い出しをしようとその店に行った。きっと考えすぎなのだけど、近隣のチェーン店のスーパーとは、やっぱり客層が違うように思われる。母娘なのか、姉妹なのか分からない二人組がいた。二人とも長らく白髪染めをしていないために、前髪だけ白く、アニメのキャラみたいになっている。大きな体を揺らし、あれこれ言いながらばかでかいカートに食品を入れていく。失礼ながら、年を取ってもああはなりたくないなあと反射的に思った。しかし私は、白髪が生え始めたら潔く真っ白にしたいから、ある段階ではああいう風に一部白髪、一部茶髪みたいになってしまうのかなどと考え、頭の中で謝った。

 いつもそこそこに混雑しているが、週末なのでレジは長い列が出来ていた。この店にはBGMがかかっていない。そのくせなんだかいつもざわざわしている。皆連れ合いとぼそぼそ喋る程度なのに。客と客との間は広いのに。

「〇※&%$#……!*+@!!」

 男の人がどすを聞かせていた。その場にいた客の全員がサッとその声の方を見て、それから知らない振りをした。私も一瞬びくっとしたけれど、声を発した人との距離がそこそこあることに安堵し、人が怒っている声って、混じらないんだなあと妙に感心した。怒っている声が混じるとしたら、どこなんだろう。セリをしている市場とか、昔の証券取引所とかだろうか。怒号の方から、さっきの女性たちが小松菜やらきゅうりやらを持って歩いてきた。どうやら、声の主は彼女らに余計なものを買うなと言い、売り場に返しに行かせたらしい。でも、小松菜、緑黄色野菜なのに。野菜嫌いの男の人なのかな。ここの小松菜、百円もしないのに、それも惜しいのかな。

 レジ待ちの列は三つあるものが最終的に六つに振り分けられるので、その人たちと隣になってしまった。男の人はぼろぼろの紙封筒から慎重に札を出し、女性二人はそれを受け取って自動精算機に入れていた。

 ああ、この人達が髪を染められないのは、怠惰ではなく……。

 ぞっとしない気持ちを抱えて袋詰めを終え店を出ると、彼らは一足先に車に乗り込むところだった。男性が運転するのかと思いきや、彼は相変わらず何事かうるさくいっているような姿勢を見せながら、助手席側の後部座席に座り、ドアを閉めた。

 片方の女性がハンドルを握る、銀色の小さな軽自動車の、男性が座った側のドアだけが、見るも無残に凹んでいた。


サポートいただけたら飛んで喜びます。本を買ったり講習に参加したりするのに使わせて頂きます。