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米国流 "肩たたき"<シリコンバレーは今日も晴れ>

日本のような「追い出し部屋」こそなかれ、アメリカにも「肩たたき」はある。それはレイオフなどの「カット&ドライ」な方法ではなく、もっとソフトな、ある意味、”真綿で首をしめるような”追い出し方だ。

例えばこんなシチュエーションを想像してほしい。貴方はシリコンバレーの新興企業(社員100人〜200人ほど)のビジネス部門で勤務している。直属の上司との相性もよく、仕事は順調。上司は非常に優秀で、急速に社内の「出世階段を」駆け上がり、数年でシニアVP(上級部長)となった。それに伴い、貴方の地位も棚ぼた式に上がっていく。現在の役職は、自分の実力には見合わないシニアディレクター(上級課長)職だ。昇進の度に年棒も上がり、社内でも一目置かれ、社の重要なミーティングにいつも出席している。

転機は、ある日突然訪れる。CEO(社長)が替わり、ほどなくして大胆な組織替えが始まる。幹部の顔ぶれも急速に変わる中、上司のシニアVPは突然かつ爽やかに転職を決めた。彼の退社後、貴方は「他部署への転任」の辞令を受け取る。社長直属の役職であり、形式上は「昇進」だが、これまで十数人いた部下はゼロに。社内の重要ミーティングも「オプショナル参加」となり、急に周りの自分に対する態度が変わっていく…。

これは実際に私の元上司、Bに起こったことだ。今まで何人もそういう例を見て来た。たまたま上り調子の上司の部下となり、その上司が出世。ー>本人も(自分の身の丈に合わない程)トントン拍子に出世ー>そのうち上司が失脚ー>本人も干される、というパターンだ。

Bの場合、マネージャーとしての信任が薄かったことも要因だ。一人で働いているうちは「優秀な人」でも、マネージャーになった途端に馬脚を表す人がいる。彼らは基本、自分だけが大事で、他人のことは基本関心がない。だから部下のために何かを進んでやることはない。マネージャーの一番大事な任務の一つは、部下をサポートし能力とキャリアを伸ばしてあげることだが、真の実力と自信がないBには、そんなことは全く眼中になかった。

二週間に一度の(筆者との)1対1のミーティングは、直前にリスケになること多発。部下の言ったことはいつもウロ憶えで、三度ぐらいリマインドしてやっと取り掛かる始末。多弁で調子が良く、物知りであるが如く振舞うが、深い知識はない。重役達へのへつらい方は、側から見ていて恥ずかしくなるくらいのものだった。本当の意味での自信がないのに、表面で突っ張っている感じ…(自分も「(会社員としての)負け犬」時代があるので、なんとなくわかった。)

筆者の勤務する会社では、一年前に投資元であるVPが変わり、幹部の人員(社長を含め)が一新された。今までとは一味違う、本当にこのビジネスの本質がわかる人々が入ってきた。Bの上司(シニアVP)も、これまでの非力なリリーフCEOと違い、経験豊かな百戦錬磨の男性Rになった。Bは一生懸命彼の機嫌をとっていたが、彼の底の浅さは一年経たないうちに見破られた。理由の一つは、重役Rが全ての部員(ヒラも含め)との一対一ミーティングを月1回以上欠かさず行なっていたことだ。

多方面からの情報で、Rは、Bがマネージャーとして不適格であることを確信したようだ。彼の複数の部下から寄せられる不満、そしてBと同レベルの人々(特に新人ディレクター達)から聞こえる批判…。Bは、そういう人々を重役の前でこっそりディスったり、会議中にソフトな難癖をつけて彼らの手柄を邪魔することも多々あった。

私はといえば、表面上Bとは常に平和な関係を保ってきた。これまでの経験で「毒にならない上司は、まぁまぁな上司」と思ってきたからだ。実は私には以前、嫉妬深く影で部下の足を引っ張る「地獄からの上司」に当たったことがあるので、「それよりは全然まし」と感じていたのだ。

そんな9月のある日、ニュースがもたらされた。急な辞令が下り、Bに社長直下職「特別職」が与えられたのだった。表向きは「昇進」であったが、これは事実上の降格に他ならなかった。その証拠にこれを境に、Bには部下が一人もいなくなり、彼が出席する重要ミーティングも減少していったのだ。

これがシリコンバレー流の肩たたき、というか、シリコンバレーの新興企業の肩たたきの例だ。ある日突然、部下もいない離れ小島の防人のような役目を与えられる。社の重要なプロジェクトからは遠ざけられ、情報も入ってこなくなる。こうなると、ほとんどの人が数ヶ月のうちに次の職を探して辞めていく。これは、お互いにとって平和な”出口”戦略だ。会社は、告訴されたり、莫大な退職金を求められたりせずに不要な社員を辞めさせることができる。辞める方も、プライドや経歴を傷つけられることなく次の職場に移れる。結局、WinWinなのだ。

数ヶ月経っても社に居続ける「強者」も稀にはいるが、最後にはレイオフされてしまう。そうなれば、多少の「手切れ金」は手に入ってもプライドはズタズタだ。今まで複数の会社で働いたが、その道を選んだ人は唯一人だけだった。彼女の場合はその職を機に引退を考えていたようで、「この先何も失うものはない」という態度、且つ「太くて強靭な神経」の持ち主だった。

このように、米国には「追い出し部屋」のようなものはないけれど(そんなことをしたら、とんでもない金額の訴訟沙汰になってしまう)、やはり「肩たたき」は存在する。そして実力と自信のある人ほど、爽やかに去っていくのだ。立つ鳥跡を濁さず、である。

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