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有川浩『空飛ぶ広報室』

この記事は、日本俳句教育研究会のJUGEMブログ(2021.09.19 Sunday)に掲載された内容を転載しています。by 事務局長・八塚秀美
参照元:http://info.e-nhkk.net/

ダ・ヴィンチの「ブック・オブ・ザ・イヤー2012」小説部門第1位、第148回直木賞の候補作ともなった作品で、新垣結衣✖綾野剛✖柴田恭兵出演の大ヒットドラマの原作本です。航空幕僚監部広報室を舞台としたドラマは、記者の夢破れたテレビ・ディレクターの稲葉リカと、戦闘機パイロットの夢を不慮の事故で断たれた空井大祐を主人公に、魅力的な上司の鷺坂や、猪突猛進の広報幹部片山、下士官として広報室を支える比嘉、美人なのにオヤジのような柚木、などなど、ひと癖もふた癖もある先輩たちに囲まれて織りなす物語でした。

番組のHPにも、「原作では淡い2人のラブストーリーをより深く、そして3月11日の東日本大震災後の2人の人生の行方も描いていく。(略)いまだ閉塞感がただよう日本に、明日からの日々の背中を押してくれる……そんなドラマ」とあるように、それぞれの登場人物たちが丁寧に描かれ、涙と笑いがミックスした作品で、私自身も大好きなドラマでした。

原作は、ドラマ以上に、登場人物一人一人の成長物語の面に主眼が当てられているように感じました。人間が他者とふれあうことで、どんなに豊かに成長していけるか……が伝わってくる小説でした。パイロットの夢破れ、世間の自衛隊への無理解と戦う広報官の空井が、広報という仕事を、自衛隊を世間の風に飛ばす=自衛隊がちゃんと理解してもらう仕事で、この仕事を全うすることが飛行機に乗れなくても自分自身が飛び続けることなのだと語るラストは、まさにタイトルそのものでした。どんな道であっても失ってしまうことなどはなく、新しい可能性につながる立て直しの一歩なのだ、という作者からのメッセージをびんびん感じました。

また、東日本大震災を機に、連載後、刊行を一年延ばして巻末に付けられたという「あの日の松島」が素晴らしく、小説を象徴するような書き下ろしでした。航空幕僚監部広報室を通して知る自衛官の方々の思いと覚悟が、ドラマとはまた違った活字で、しっかり入ってきた一冊でした。

自衛官はみんな妻や子に言い聞かせていると思いますよ。もし何かあっても俺は家にいないからなんとかやってくれ、とね。それが自衛官と所帯を持つということです。
有事に果たすべき義務があるということは、それだけで拠り所になります。辛いことがあったとき、自分にできることがあるだけで人って救われるでしょう? だから僕たちは、被災者を支援しながら、自分自身をも救ってもいるんです。
僕たちの活動が国民の安心になるように伝えてほしいんです。(略)自衛官の缶メシが冷たいのは、被災者の食事を温めるために燃料を節約してるからです。僕らが冷たい缶メシを食べていることをクローズアップするんじゃなくて、自衛隊がいたから被災者は温かいごはんが食べられるということをクローズアップしてほしいんです。自衛隊は被災地に温かい食事を届ける能力があるって伝えてほしいんです。それはマスコミの皆さんにしかできないことです。