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あの日、僕らはバンクシー

大学生の頃の話である。
夏の暑い日、僕は友人と2人研究室にいた。彼の名前はチャック。もちろん本名じゃない。大きなチャック付きのカバンを愛用していたから、みんなからチャックと呼ばれていた。

チャックは僕と同じ研究室。研究室はボロボロのくたびれた鉄筋コンクリート造の建物の中にある。1階と3階に男子便所。2階と4階に女子便所があって、サインがあるだけ女子便所の方が見栄えがいい。まぁ、五十歩百歩である。

毎週水曜日は、僕らが研究室にいなくちゃいけなかった。

たくさんの本があるのに、読みたくない。
課題があるのに、手につかない。
夏休み期間で、人はこない。
完全に暇を持て余した僕らは、
机に伏せて秒針を眺めてた。

「チャック、イタズラしない?」
僕は言った。チャックの目が輝いた。

「誰もいないし、大学に何かイタズラしようよ。」とチャック。

僕らは、イタズラを考えた。
イタズラの巨匠は、バンクシー。
相違はなかった。
喜ばれるイタズラは、僕らの憧れだった。

「男子便所にサインをつくろう!」

決まってからは、早かった。
メジャーを取り出し、慣れた手つきでちゃちゃっとサインの寸法を測った。さすが建築学生である。女子便所のサインはだいぶ上の方にあったが、大丈夫。チャックはかなり背が高い。

寸法がわかったら僕らはパソコンの電源を入れて急いでイラストレーターを開いた。誰か来ないかドキドキした。そんなに悪いことをしているわけでもないのに。僕らは小心者だった。

僕のサインは、宇宙人みたいな男の子。チャックのサインは股間を抑えてた。今にも漏れそうだった。
印刷してその紙にスプレー糊を吹き付けてスチレンボードに貼り付けた。僕らは意外と丁寧である。

そしてトイレにサインを貼った。
気分はバンクシー、
いつもより人の目が気になった。

ことを終えたら、
急いで研究室に戻り課題をした。
僕らは必死で身の潔白を証明していた。
誰も来やしないのに。

休み明け、やっぱり噂になった。

「男子便所にサインが出来ている。」
「誰がやったんだろう。」

あちこちでこんな声を聞くたびに嬉しかった。研究室の先生だってトイレを使うから、
その度にドキドキした。

ときどき「僕らがやった!」って言いたくなったけど、決して言わなかった。
僕らは最後までバンクシーでありたかった。

あとで聞く話では、
卒業してから5年近く
あのサインは使われ続けたらしい。

そのあと、紙が黄ばんで剥がされたって聞いたから、ようやく今、あの時のイタズラを言うことができる。


大学生の時のある日の出来事

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