見出し画像

小川未明「牛女」

小川未明は、note記事にも書きましたように初めて読む作家です。
児童文学という位置づけのようですが、児童だけを読者としての作品には、わたしには感じられません。
 大人が読んでも十分に味わえる詩情にあふれた作品です。
また、代表作といえる作品には、悲しく切ない物語もけっこうあります。
例えば、「赤い蝋燭と人魚」は町が滅びてしまう結末ですし、「金の輪」は7歳の子が亡くなる結末などです。
わたしは、むしろこれらの作品には詩のような象徴性を感じたのです。
散文詩ともいえるかもしれません。

今回取り上げた「牛女」のあらすじは、以下のとおりです。

ある村に背が高くて大きい聾啞の女がいました。大女でやさしいところから「牛女」と呼んでいました。
村の子どもたちは、牛女を見ると珍しいものでも見るようには やし立てましたが、大女は耳が聞こえないため、のそりのそりと歩いていきます。
牛女には一人の子がいて、とてもかわいがっていました。自分が障害者であることから、とてもこの子を不憫に思っていたからでしょう。
牛女は、力があり性質もやさしいところから村の人々から力仕事を頼まれて、よくはたらきました。
しかし、牛女は病気になり亡くなってしまいました。
あとに残された子は村の人々が、めんどうをみてあげました。
子は母を恋しく思っていましたが、あるとき冬の日の山々を眺めていると、真っ白な雪の上に母の姿が黒く浮き出ていました。
子はその後他国に行って成功を治めて、故郷に帰ってきます。
そしてリンゴ畑を作りますが、毎年リンゴが虫の被害にあって収穫できません。
子はこれを何かの祟りかと思い母の法事を行ったところ、次の年には一匹の大きな蝙蝠がたくさんの蝙蝠を引き連れてリンゴ畑の虫を退治してくれました。
こうして子は、幸福な身の上の百姓になりました。

この「牛女」を読んだとき、わたしはすぐに「カラマーゾフの兄弟」第1部の挿話として描かれた「リザヴェータ」を連想しました。
リザヴェータは背が140センチそこそこの小女で、牛女とは真逆ですが同じようにしゃべることができませんでした。そして情け深い町の人々から愛されていました。
興味のある方は、以下のnote記事を覗いてみてください。

大人が読む小川未明の魅力を一言で表すとしたら、「郷愁」でしょうか。
失われてしまった古への懐かしい心情を象徴する物語性です。
子どもが主人公として描かれた作品には、自らの生い立ちへの懐古というよりも生まれ出る前への懐古といったら、言い過ぎでしょうか。
これからも小川未明の一作一作をゆっくりと味わって読もうと思っています。


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,460件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?