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凛子に出会えたから僕は小説家になった

本棚を整理していたら、分厚いファイルがでてきた。
中を確認したら、ヨーグルのデビュー作の原稿だった。

今の私は彼の原稿をパソコンで読んでいるが、当時、彼は原稿を完成させると印刷して郵送で私に送ってきたのだ。
原稿にはいつも手紙が同封されていた。

ファイルには、原稿といっしょに手紙もあった。
最初の手紙には「この小説が書けたのはあなたのおかげです」とある。懐かしい。

ヨーグルに「凛子に会えなかったら、僕は小説家にはなっていなかった」と言われたことがある。
「凛子を知らなかったら、今ごろ僕はどうなっていたか」とも言ってたっけ。「大げさね」と笑ってしまった。私は何もしてないのに。
彼が私にすごく感謝してるのはわかるけど、その理由は長らく謎だった。
それがファイルに保管されていた手紙を読んでいたら、急に気になってしまった。

ちょっと聞いてみることにした。
すると思わぬことに、私は彼のデビューの裏事情みたいなものを知ることになる。

私が彼の小説を初めて読んだのは、ある賞の受賞作として発表されたものだ。
受賞すると原稿は加筆修正を経て本になりデビューというパターンなのだが、彼の受賞作は一冊の本にするには原稿枚数が足りない。
だから彼は新作を書かねばならなかった。

ところで、私は彼の受賞作を読んだ瞬間「この人は世に出てくる」と思った。もう勘としかいいようがない。その根拠を問われると難しいのだが、それまでいろんな受賞作を読んだ中で、彼の小説は頭一つ分、抜きん出た感があったのだ。強烈な個性の中に安定した何かがあった。それが何かは説明できない。説明できていたら、私もそれを書いて小説家になってるんだろうけど。

感銘を受けた私はさっそく彼にファンレターを書き、しつこく会いたい旨を伝えた。当然だがやんわりと断られた(笑)
でもいろいろあって会えることになった。

当時の彼は、小説が受賞したことで出版社から担当編集者がつきデビューに向けて執筆に励んで……

……いなかった。


信じられないことに、彼は全く書かないでいたのだ。いや、書けないといったほうが正しいか。
今でもあのときの心境がよくわからん、と自分で振り返っている彼だが、せっかく小説家デビューの機会が巡ってきたというのに、締切を何度も何度も延ばしてもらっている状態だったらしい。
担当さんは呆れていたのか諦めていたのか、はたまた気長に待つつもりだったのか、度重なる〆切延長を責めるわけでもなく「わかりました」とだけ言って何度も了承してくれていたという。

う~ん、理解できん。
もし私が文学賞を受賞して本を出すという段階になったら、ものすごい勢いで書くと思うけど。
やっと小説家にになれる!って、全力で書くと思うんだけど。

受賞したことによる、ある種の燃え尽き症候群ってやつだろうか。
「もうこのまま書かなくなるのかな」と思っていた矢先に、私から手紙をもらったらしい。初めてのファンレターだったようだ。

いわれてみると、せっかく文学賞を受賞したのになぜか本がなかなか出ない作家さんって意外といらっしゃる気がする(私の気のせい?)
似たような感じで、二冊目の本がなかなか出ない作家さんもいらっしゃる。
ヨーグルと同じような状況に陥る方は案外多いのかもしれない。

確かに、ヨーグルは返信でも会ったときでも「いつになるかはわかりませんが、本が出たら楽しんでもらえたら嬉しい」というように「いつになるかはわからない」を、しきりに口にしていた気がする。

ところが「あなたの小説は素晴らしい」と熱く語る私を目にしたとき、彼の心がカチリと動いたんだそうな。

「凛子と初めて会った日、あの人に読んでもらえるものを書いてみようと思って、その日の晩から書き始めた」

あぁ。なるほど。
だから「この小説が書けたのはあなたのおかげです」なのね。

知らなかったとはいえ、そんな経緯があったとは。

「凛子に出会えたから、僕は小説家になった」

ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいです。
そして私もまた、あなたに出会えていなかったら小説を書こうなんて思わなかった。

あなたと互いに影響を与え合う関係でいられることが、私はとても幸せです。

どうぞ、これからもよろしくね。